海遊び 3
「岸に上がるからな」
体の浮いた恐怖に耐えて、足先が再び砂を掠めるのを待つ。
今の言葉は総士と、自分に向けてだった。
同時に、海水の冷たさに噛み締めていたはずの歯が震えた。
特に、水を掻き分け続けている肩を中心とした腕が痺れ始めた。
叱咤しながら必死で動かして、それでも何度か隣の総士の様子を伺う。
総士に合わせて速度を落として、総士に合わせて水をかく。
少しでも負担をなくすように。
総士だけをこの海に置き去りにしないように。
難しいことであったけれど、総士を海にとられるより余程マシだった。
一歩一歩確実に進むことだけを考える。
それなのに、総士がまた、腕を引いてきた。
「・・・だから岸に・・・」
怒っているふりでもすれば、気持ちが伝わってくれるだろうか。
今は少しでも早く、まっすぐ岸に向かいたいのに・・・・・・。
それなのに総士は、そんな思いなど全く無視してこちらを向いて、微笑んでくる。
少し悲しそうに、寂しそうに・・・・・・申し訳なさそうに。
「総士?」
総士は、何も言ってはくれなかった。
代わりに、もっと強く腕を引いてきた。
従うに値する強さで。
総士に引かれて、今まで進んでいた方向から真横に進んだ。
相変わらず何度も転びかけて、その度に岸から離れた気がした。
「制服の上・・・脱いだほうがいいと思う」
何度目かむせたとき、息の合間に提案したら、あっさりと白い制服が浮かんで、沈んでいった。
歩きなおしたときに足に絡まったけれど、蹴って遠くにやったらすぐにどこかに行ってしまった。
でもこれで、総士は随分と歩きやすくなったはずだ。
また波が来るのが、お腹にあたってくる海水の感覚でつかめた。
総士と抱き合って、波をやり過ごした。
その波が行ってしまって、その次の一歩。
とても楽に足が進んだ。
潮から抜けたと、実感した。
「総士っ」
叫んで、総士を脇に抱えるようにして押さえつけて、バシャバシャ飛沫をたてて底の砂を蹴って進む。
水面がお腹を下回って、腿になった。
こっちが転んで、それに総士を巻き込んで、総士に支えられて立ち上がって。
すっかり冷え切った、乾いた砂の上に二人同時で倒れこんだ。
「もっ・・・大丈夫だからな・・・」
肺が破れそうなぐらい息を吸う。
喉が音をたてていて、総士の分も聞こえた。
聞きたいことが山ほどあって、その中の一番はとっくに決まっていたけれど、今は息だけを吸っていたい。
目をつぶって、バカみたいに口を開けて、助かったことを実感する・・・・。
「平気っ・・か?」
貼りついた喉からなんとか言葉を出すけれど、返事は無い。
薄目を開けて、様子を伺う。
大きく上下する胸が見えて、飛び起きた。
途端、濡れきったシャツが腹にはりつく。
冷たかった。
冷え切った体に、止めを刺された。
「うっわ・・・・・」
脱いで、投げ捨てる。
夜風が容赦なくきた。
震えが這い上がる。
「か、帰ろう総士っ」
まだ浜の上に転がって動かない総士に、無理矢理肩を貸す。
靴なんてどこで脱いだか覚えてないし、探す気もない。
ずっと海の中だった足は感覚が消えて、コンクリートを感じなかった。
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