海遊び2
「俺・・・・・・は、帰るからな」
最後の賭けのように言い捨てたにしては、情けない声が出た。
もしかしたら、からかわれているだけかもしれないのに、それは違うと肌のどこかが感じていた。
その場を動こうとしない総士を力ずくで引きずって浜へ連れ戻すことは、ある意味容易であったかもしれないけれど、
それで自分の中にある不安が拭えるとはとても思え無かった。
もし岸まで連れ戻して、そこで向かい合ったときに総士が戻っていなかったら・・・・・・。
二度と総士を見つけられない気がした。
どうしてこんなことになったのかなんて考える余裕の無いまま、同じ言葉を少しだけ強めて繰り返した。
総士は動かなかった。
「あのなぁっ・・・・・」
咎めの言葉すら、総士の背後にある暗闇に吸われていった。
続く言葉は元から無く、叫んだために胸にたまった気味悪さを強めてしまうだけに終わる。
それを押し殺さなければならなかった。
「ここにいたら、明日風邪引くんだぞ?頭痛くなって困るのはお前で、絶対、俺に八つ当たりしてきて・・・・・・」
今を殺すために日常を叫ぶ。
なのに総士は、にこにこと笑っている・・・・・・そんな気がした。
「俺だって・・・・・・風邪引くかも・・・・・・」
冗談のつもりで
「それはありえないだろう」と、総士が言ってくれるのを待って・・・・・・。
咄嗟に総士の腕を掴んだ。
返事が返らないと思い知る前に、身体を動かさなければならないと思った。
それでも怖くて一度放した。
浜へと向かって波を踏み分けて歩く。
潮が満ちてきて、そうでもしなければまともに歩けない深さになっていた。
だいぶ離れて、やはり戻って彼の腕を引かなければならないかと思い返したとき、
ようやく総士は一歩進んだ。
一騎が先に行ってしまったから、ついてきたように見えた。
盗み見れば、名残惜しそうに膝まできた海面を眺めている。
潮が満ちてしまえば、総士ですら足が届かなくなる場所であるのに・・・・・・。
一騎の方でさらに進むと、慌てたように駆け寄ってきた。
といっても、かなりの高さにまで来た海面に足を取られながらであるので。何度か転び、その度に波を頭に被った。
「慌てなくて良いよ」
並んだ総士に、静かに言う。
ついてきてくれた事を、安心に結びつけたかった。
今度はちゃんと、手首を掴んでやる。
そうやって総士を押さえ込んだわけではなかった。
捲り上げたズボンの上にまで潮が満ちてきて、一騎自身も満足に歩けなくなったからで、出来ることならこの先
二人で支え合いたかった。
そうでもしなければ不安だった。
普段は思い通りに動くはずの身体が、海水のせいで枷をはめられたように不自由なことに、一層煽られる。
今、総士に言ったばかりの言葉は、自分に言ったも同然だった。
予想以上に潮がはやい気がした。
いくら毎日のように海で遊んでいたとしても、夜の海までは知らなかった。
離岸流にはまらないことを、祈った。
島の明かりから目を放さずにひたすら目指す。
腹部にまで来た海面を見つめ、身体とも相談し、泳いだほうが早いのではないかと思う。
総士に泳ぐ意思を伝えようと、かなり水しぶきをたてて潜った。
すっ・・・と総士の手首も続いてきて、泳いでくれたのがわかる。
もともと泳ぎたがっていたのだから、それも当然なのかもしれないけれど、ひとまず引いて泳がずにすんだことに感謝を。
何度目かの息継ぎの後、顔を上げて一度立った。海の中が暗くて何も見えなくて、どこに向かって泳いでいるのかわからなかったから。
・・・・・・顔を上げて、少しも進めていないことを知った。
満ちる潮が呼び寄せた流れに阻まれた。
隙間無く集まった水の塊が、重い一撃とともに頭をもぎ取ろうと背後から襲ってくる。
波を飲んで、波に飲み込まれた。
突然高さを増した波に持ち上げようとした頭を押さえつけられ、身動きが全くとれないまま数秒間全身が海に沈む。
波が行ったところでようやく顔だけが水面に出た。
酸素不足で悲鳴を上げた肺を落ち着かせるために、今度は自分の意思で潜る。
砂を蹴って胸の下まで浮き上がり、ちゃんと自分の意思で身体が動かせることを全身に叩き込んだ。
そうして体中に一応の無事を認識させる。
一騎が自らの呼吸以外にも気を配れるようになったとき、咳き込む総士の声が耳にとびこんだ。
海水をたっぷり飲んだのか、息継ぎに失敗したのか、どちらにせよ良くない。
「総士・・・・・・帰ろう?」
言いながら、転ばないように支える手を総士の背に伸ばす。
足が浮いたことに気づいた・・・・・・。
続
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