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 昼間晴れ渡っていた空は、そのまま夕暮れになった。そして真壁一騎は浜に腰掛けている。

・・・午後の訓練を終え、自宅の二階でくつろいでいたら、たまたま幼なじみが家の前の坂を下りていくのが見えた。

珍しさの余り声をかけたら、「海へ行くんだ」・・・と笑顔で言われ、気がついたら、並んで海に向かっていた。

今、総士は、靴を脱ぎ捨ててくるぶしまで海に入っている。

太陽の沈んだ水平線に赤い一線が横に伸びていて、そこから空は、赤から藍、藍から群青、群青から黒へと境の見えない帯の連なりを見せていて、

その中で、一騎の位置から総士は丁度逆光だった。

一騎は、波と戯れている総士を、浜からぼんやりと見つめていた。

ぼんやりとしていたら、突然呼ばれて、驚いて立ち上がった。

「何?」

自分も靴を脱いで傍に駆け寄ると、薄暗い中ようやく相手の表情が伺えた。

「引き潮だ・・・奥まで行ける」

姿が消えてなにかと思えば、屈んで膝の辺りまでズボンをまくっている。

・・・驚いた。いつもならば、澄まし顔でそういったことから遠ざかる彼であるのに。

放っておいても勝手に行きそうで、仕方なく一騎自信も裾をさらにまくった。

この浜一帯の海は遠浅だから、ほんとうに、きっとどこまでも歩いていける。

普段であったら腰まで海水が来る場所のはずなのに、波の位置は、ふくらはぎに達した程度だった。

海には、空のような色の変化は無く、唯一光を通さない黒色だけが占めている。

・・・どんどん先へと歩いていく総士。

けれど一騎自身も、人のことは言えない。歩いてここまで沖に出るのは初めてで、いつの間にか簡単な探検をしているようで、気分が高揚した。

ファフナーに乗ったときの、連れ去られるような変化ではなく、促される気持ちであったから、怖さは無い。

幼い頃は島中どこも冒険だらけだったけれども、今は狭すぎる。

こうして歩いていると、この海が、自分たちが最後に残した冒険の場に思えひたすら愉快に思えてきたのだった。

そう思ったときに、前触れ無しに総士が止まり、しばらく足先で砂を掘っていたかと思うと、何かを突き出してきた。

必死で薄暗い中目をこらす。

「はまぐり?」

突き出されたものは、晩のおかずだった。

 自分も足先で砂の中を漁ったけれども見つからなくて、それを鼻先で笑われたら夢中になった。

いつの間にか競争になっていて、ズボンが濡れるのも構わず四つんばいになって漁に取り掛かった。

こちらがまだ一つも見つけられないうちに総士が二つ目を見つけてくる。

 そのころになって。

大きな波が這いつくばった二人に押し寄せた。

波を頭から被ったことで、ズボンどころかシャツまでずぶ濡れた。

その波で我に返り、顔を上げて総士を見る。

暗くなった空の下で肌の色はやけに白く浮かび上がっていて、他の何よりも良く見えた。

逆に、背後の暗闇も。

それは間違いなく自分と総士を飲み込もうとしていた、空と海が闇として一つになっていた。

鳥肌が立って、恐怖が・・・・・・目の前に迫った。

「総士っ!!」

大声をあげた自分に、総士は、きょとんとした目で見つめ返してきた。

それどころか

「これで泳げるな」

とまで言った。

その声が、静かすぎて立ち竦む。

おまけに、笑顔まで向けられた。

「・・・駄目だろ、それ」

なんとか紡いだ言葉は、最悪なことに受け取られてしまった。

「もう少し先までいけば泳げる深さになる。・・・・・・そこまで行こう」

 総士がいつもの声で、信じられないことを言う。

しかも、一騎の返事を得る前に、既に一歩踏み出していた。一騎から、離れた。

それが怖かった。

いつもの総士であるならば、総士の方からこちらの手をつかんで、岸に上がろうとしなければならない。

一騎が一人でこんな、下手をしたら死ぬような場所に来たことに、散々小言を吐き散らしながら。

それが、ない。

「戻らないと・・・総士」

急に暗闇に溶け込みそうになった総士の腕をつかみ、全力で引く。

倒れなかった。

「なんで・・・・・・」

あまりのことに、続きが言えない。

今、明らかに異常なことが起こっているはずなのに、総士は普段通りだ。

それは絶対に、絶対にあってはならないはずのことだ。



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