「その問いには、同じ状況を引き起こす可能性を考慮し、答えられない」
「じゃあ別だ。・・・今回のクロッシングでも、今まで通り俺のこと全部わかったのか?」
「今回のものは、完全な一体化だった。お前が認知していないことに関しては、わからなかった」
昨日まで身につけてきた総士の扱い方を試してみようと思う。
とりあえず、餌を投げた。
「・・・良かった」
「何がだ」
食いついてきた総士に、腹の中でほくそ笑む。今はファフナーに乗っていない。
総士に考えていることを知られることは無い。
「なんでもない」
総士が、ほんの少しだけイラついたのがわかった。
「隠しても明日の訓練ですぐにわかる」
ゆとりをもって返す。
「今日はわかんなかったろ?」
「今回は特別だ」
「別の質問。総士、なんであんなに慌ててシステムを落としたんだ?」
「先の問いに繋がる。答えられない」
「じゃあ次」
軽く首を傾けて、笑って訊いた。
「総士、クビにはならないのか?」
動揺でなく、丸くなった総士の目。
「総士は俺達が問題起こすとどっかに閉じ込めること多いけど、総士は何されるんだ?」
「僕・・・か?」
頷く。絶対に逃がさない。
「僕・・・には、大量の始末書がまわされる...片付けるのに、半日以上はかか・・・る」
今、しどろもどろな総士も好い・・・とか思ったことは、墓まで持っていくと決めた。
でなくて、余計なことを言い始めた総士に小さくガッツポーズする。
以前のカノンの説得から得た、このタイプの説得法だ。
「ファフナーの中でどれが一番好きなんだ?」
ためしに本当に余計なことを訊いてみる。
「・・・マークエルフ」
ぽそり・・・とだが返ってきた。返ってきたことに逆に驚いてしまった。
驚いてはいけない。
やっぱり好みは昔から変わらないガチンコ系なのかとか、懐かしがってもいけない。
「ザインじゃないのか?」
誤魔化すための、拗ねた口調。
「ザイン・・・は、強いがいろいろと強引すぎて、扱いに困るときがある。・・・武器の威力も、変わるだろ?」
「・・・そうだな。ごめん、エルフは取られた」
結論。総士と長く話したければ、仕事と織り交ぜてしまうと効果的。
疲れ果てていて頭が働いていないときであればさらに良し。
「・・・すんでしまったことは、仕方ない」
頭の片隅が、もうそろそろ本題に入るべきだと告げた。
総士の対応の有無に関わらず、笑みを消す。
「さっきの、『友達じゃいられない』ってなんだ?まだそんなこと・・・」
総士の表情もまた、冷えた。
「言葉通りだ、以前にもいったはずだ」
「『もう友達じゃいられない』?」
「そうだ」
総士の断言に、不快な印象を受けた・・・と顔で伝えた。
この指揮官は、自身についてはなにもわかってはいない。
「違うだろ」
ただの一言が持つ怖さも、今の総士の言葉が意味してしまうものも。
だからこそそんなことが平気で言えるのだ。
「違うだろ」
繰り返して強調する。
「『友達じゃいられない』ってわざわざ口に出すくらい、友達でいたいんだろ?」
相手との関係の否定の本当の意味は、相手を否定するのではなく、自分を否定すること。
相手にとって突き詰めれば、一人の人間・・・それが友人であってさえ代わりはいくらでもいる。
一つの関係が廃れても、また次が。
すぐ手の届くところに、別の絆がある。
一人と切れてもその次、次から繋がる新しい絆。
誰もがそうであれば、「次」は救いとなり続けるだろう。
けれどもし、手にした絆の糸が、たった一本であったとしたら、相手と自分を繋ぐそれを、そんなに簡単に捨てられるだろうか。
もちろん大体の人間は、もっと豊かな本数の糸を持つ。
けれど総士は?
一本だけ。
だから、暴走したファフナーの意識からのがれるだけの精神力を持ちながらも、地面に這いつくばって、
必死に自らの手で捨てたはずの糸を探していた。
一騎のほうは、まだ自分の持つ側そ捨ててはいなかったから、無様に探している総士のわきで、簡単に総士の持つべき側を
見つけられた。
そして、島に帰ったとき、目の前にかざしてやった。
戦闘や、他のノートゥングモデルの全滅が無くても、総士は縋りついてきたと、一騎は確信する。
自分が、この端を放さない限り、総士は来る。
もう一度目の前に、総士の糸をかざしてやる。
凍りついた地面を這って這って傷だらけになった手が、そっと伸ばされてきた。
総士の望むままに、総士の持つべき側を、握らせてやる。
・・・一騎にとってもその糸は、端をいつまでも引きずっているのに耐えられるほど、不必要な一本ではなかったから。
この一本さえあれば死ねるほどの大切なものであったから。
今この端を握るのは不本意なんだぞ・・・と、最後の抵抗を、総士はしてくる。
これだけ必死に握り締めているのに一体今更何を言ってくるのか。
握ってしまえばただの強がりでしかないだろうに。
そんなもの、いちいち受け取っていたらきりが無い。
「友達じゃいられないなんて、総士が不器用なだけだろ?」
悪いのは総士。
一度思い込んでしまったら、他の可能性は全て否定する。
本当に、悪い。始末に終えない。
でもだからこそ、思い込ませてしまえば、こちらの勝ちだ。
思っているうちに、総士の目が、溶けたようになった。
絆の端を無事に見つけられて、安心したんだな・・・と思う。
糸をピンっと張って、昔遊んだ糸電話のようにして、確かにここにあるぞっと総士に確認させてから
同じ質問をもう一度した。
「クロッシングの時、何をあんなに怖がったんだ?」
棒立ちになってしまった総士を支え、隣に座らせる。
糸を自ら掴みなおしてしまった以上、総士は逆らわなかった。
両手で顔を覆う。
そうしたら、目の傷も隠れた。
搾り出された声はか細すぎて、耳を寄せるくらいは許される気がした。
「一騎にいないといわれて・・・驚いたんだ」
「俺・・・が?」
「あの時は、一騎の不安を少しでも軽減させる為に、僕の全てをマークザインに与えていた。なのに消えるということは、
まるで僕の存在すら、僕の意思では決められないように思えてしまって、急に怖くなった」
「それって・・・どういう・・・」
「僕がここにいたいと願っても、消されてしまうのじゃないか・・・」
想定外の告白だった。
総士の恐怖の原因が、自分にあった。
一番の、ショックだった。
そっと寄り添ってやることしか、思いつけなかった。
触れたことで震えた背に、手を回して摩ってやった。
「僕はもう、いなくなりたいとは、思っていない」
総士の言葉に、だまって頷く。
「僕は、僕としてここにいる」
総士の言葉の端々が途切れているのは耐えているからだ。
「知ってるよ」
それがわかるからこそ、心からの思いを込めて言うことができる。
(これって、凄いことだ)
総士に触れながら思う。
今までは、触れることすらできなかった。
パイロットになって、相応の距離までは近づいたけれど、ふれるまでにはいたらなかった。
下を向く総士には悪いけれど、今は喜びで一杯だ。
(・・・ありがとう)
今の総士を傷つけるかもしれない邪魔なジークフリードシステムは、奥で沈黙している・・・。
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