昔、まだ幼い頃、皆で野山を駆け回って暇つぶしをしていたころは、何かがあれば皆その事件を共有するために集った。

顔にしか見えない不気味な木の模様や、調子に乗って上って降りられなくなった友人。浜にうちあげられたゴミ。

壊れた無線機。

 今、総士の見たモノを共有することは、自分以外の誰にもできていない。

真矢でさえも、「見た」わけではないだろう。

あの島から一歩出た先に広がる、戦いと死しかない世界。

ガラス越しで見たぐらいでは駄目なのだ。それだとまだ希望が残る。

体感しなければ駄目なのだ。

 左目の傷以上に、総士の隣にいられる理由を、外に出て手に入れた。

進む度に傷ついていく総士を守るには、後ろについていくだけでは不十分。

隣について初めて庇うことができる。

そして昨夜と今日、二度も続いて総士はボロを出してくれた。

それはきっと、隣に立つことの許しであろうと一騎は思う。勝手に、思う。

「総士・・・・・・」

顔は覆っていたけれど、総士は決して泣いていなかった。

自分とは違う強さに魅せられる。

まるでフェストゥムの中に眠るコアのような、不思議な美しさをもった輝き。

強いのか、儚いのかわからない。

そっと総士の頬に触れてみた。

背は、先ほどから抱いて支え続けていたけれど、頬のほうが柔らかそうで、はっきりとフェストゥムとの差がわかる気がした。

フェストゥムならファフナーで簡単に壊せる。少し力を加えるだけで。

けれど触れた頬は柔らかかった。

フェストゥムよりも、もっと弱かった。

守らなければ、きっとすぐに消えてしまうだろう。

本人が、望まなくても。

「大丈夫だ、総士はここにいる。俺がちゃんとわかってる」

他の人間がわからなかったとしても、最後まで傍にいて、存在を教え続ける役。

総士を。

持っていかせるものか。

「総士は、ここにいさせる」



*** *** ***



こんな風に寄り添うことは、子供の時だってしなかった。

同じ布団で寝るのは暑苦しいし、狭苦しいしでこちらの方から願い下げ。

食事だって総士は作れなかったから、自分が台所に立ったときには総士は茶の間でテレビを見ていた気がする。

くっつくのは、女の子みたいで嫌だった・・・・・・はずだった。

 たくさん変わったと思う。

 気取った見栄がどうでもよくなって、心からの安心のほうが欲しくなった。

安心するのに、永遠に続かないだろう日常は足らな過ぎた。

明日はもう、生きていないかもしれない。

そうなってしまったら、後悔すらできない。

だったら今、いつか後悔する日の自分の分まで総士と触れ合うことは、許されるのではないだろうか。

 ジークフリードシステムで繋がっていたとき以上に、総士が身近にある。

かたい背中は制服の下で温かかったし、腕の中で、規則正しい呼吸をしていた。

(総士は、まだ・・・・生きてる)

そう思うと、ほっとした。

 遠慮という思考を消して、気持ち悪いぐらいお互いに触れ合う。

最初怪訝な面持ちだった総士も、すぐにのって、触れてきた。

総士がそこにいるから触れることができて、一騎自身もそこにいるから総士の存在を感じることができて。

逆に総士からも触れ返されて。

はたから見れば、どれだけ奇妙な行動か。

幼児はとっくに終わったはずなのに。

総士の頬をつねれば、はっきりと表に出た額を軽くペチリと叩かれる。

腕をさすれば、肩の上に顎をのせられる。

・・・どちらが言い出したわけでもない。

”いるな?僕は、ここにいるな?”

伸ばされた総士の手が、確認を取りたがっていた。

伸ばされた手の甲を、自分の頬に押し付けて答えてやる。

”いる。・・・いるから、大丈夫だ”

やりあわなければ判らなくなるぐらい、狂ってきてしまったのだろうか。

しかも、案外気持ちがいい。

・・・・・・手に負えない、安心感。

 やがて一騎の手が床に垂れた。

曲げられていた足も、だらしなく伸びていく。

わざと一騎に寄りかかっていた総士が、わざとではなくなった。

そのまま崩れていって、一騎のおなかにまで頭が落ちて、そこで止まった。

キールブロックに上がる、二つの寝息。

二人の手の片方ずつは、しっかりと握り合っていた。

眠った時間ですら、無駄にしないとでもいうように。

明日はいないかもしれない自分のために。

願わくば、ずっとこのままでいたい。



*** *** ***



 うっすらと目があく。

まず、父親のために朝食を作らなければと思ったけれど、足が動かなかった。

動かない理由が、皆城総士が一騎の足を枕のかわりにして眠っているせいだと知って、一気に赤面した。

 二人それぞれに毛布がかけられていた。近くに落ちていた不審な紙を覗いてみれば、

『戦闘員としての自覚を持て』

と汚い父の字。

(そうだ・・・いわなきゃいけないことが・・・)

総士にしたって、もう起きなければまずいだろう。

そっとゆする。

苦しそうに、かなり無理矢理な感じで総士の目が薄く開いた。

それを確認してから、一騎はそっと言う。

「目・・・ごめんな」

傷を上からなぞる。

なされるままの総士は、一騎に口を挟もうとはしない。

「いくら感謝してるっていわれても、やっぱり事実にはかわりないから」

総士が目を閉じて、”気にするな”といわれた気がした。

「外で、たくさん見た・・・外は、怖かった。ここも同じになるんだって思ったら、どうしていいか、わからなくなった。

俺がファフナーに乗ることで避けられるんだったら、そこに俺が戦う意味はあるんだって。思ったんだ。」

総士のからだが、少しかたくなった気がした。

「だから、俺、戦うよ。総士と一緒に」

反応は無かった。

「全部じゃないけど、わかった。もう迷わない・・・総士を置いて、逃げない」

 もし総士に血を流させてしまっても、今の自分なら、踏みとどまれる。

手を差し伸べて、前に立って、絶対に守りきる。

耳の奥に巣くった幼い総士の悲鳴は、消えることはないだろうけれども。

「ずっと一緒だ」

 目の前にうずくまる総士の幻。

今なら抱きしめて、あるいは背負って

安全な場所まで運んでやれる。

やり遂げられるだけの力を、島の外で・・・・・・得た。



END

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