翌朝、一騎は学校に行くために坂を登り、総士はアルヴィスに戻るために坂を下った。

そして午前中の訓練ですぐに出会う。

一騎は、ファフナーの中からファフナーになり、その一騎の中に総士は入り込む。

三つが一体化した中で、一番強い存在は一騎だった。だからまず、三つ全部を大切に抱きしめる。

一騎を中心として、どれか一つでも離れていくことがないように。

(なぁ)

ザインから総士へ意識を流す。返答がすぐに返ってくると、安心した。

(ジークフリードシステムってあったかいだろ?)

”・・・いや、僕はマークザインであるお前の感覚を、追体験しているだけだ”

(そうじゃなくて)

 頭の中を、総士の疑問符が掠めいていった。意図的に送られたものであるとすぐに気づく。

今回の訓練ではこの速度が大切だった。 今はまだ肩慣らしで、じきにシュミレーションによる高速の戦闘が行われる。

その時についていけなければ、実戦ではあっという間におしまいだった。

(他の皆も俺みたいに抱いてるんだろ?総士のこと)

”・・・それはマークザインの持つ、一体化の心象だ”

(・・・。・・・そうなのか?)

”ああ、ファフナーの中でザインが一番、僕を意識している”

 総士の言葉が起爆剤。

一気に顔が赤らむ・・・ということも総士本人に知られてしまったことが余計に恥ずかしくて、前後不覚に陥った。

必死で心を落ち着かせて、一騎は訓練開始の合図とともに目を開けた。


*** *** ***


テンポの速い戦闘は、それだけで比べ物にならない程の集中力が必要となり、終わった後はそれなりに疲れる。

というより、一騎はこの手の訓練の時になると、常に疲れていた。

相手がただのホログラムだと思うと興味も薄れて楽しくない。それなりに楽しんでいるのかも知れないが、純粋に楽しいと思うには、

あともう一段階足りない・・・・・・そんな風だった。

”気が散りすぎだ、一騎”

訓練終了の合図とともに、総士が目の前に現れて叱咤してくるが、総士の言葉も頭の中には入ってこない。

けれど、退屈だったのが、総士を見たら消えた気がした。というより、思い出した。

楽しいかつまらないかなどではない。言いたいことがあった。

ニーベルングに指を突き入れた瞬間に忘れかけれども、それでもそちらに気が散って、訓練が楽しくなかった。

(・・・・・・トラブルみたいだ、総士)

システムを落とそうとしていた総士を、そう告げることで引き止める。

同時に、胸いっぱいの不安というものも、総士に送った。

 コクピットブロックの搬出が、総士の指示で止められる。

”どうした、一騎”

・・・・・・再びきちんと繋がったことに、若干満足した。

(・・・今日の訓練で、あんまり総士を感じられなかった・・・・・・いつもより総士が、弱い感じがする)

数秒の間が空いた。 きっと総士が、調べているのだと思う。

”いや、ジークフリードシステムにも、お前にも、トラブルはない”

事務的でしかない返答が返された。

悲しい・・・・・・一騎は、送るつもりなく思う。ため息を押さえつけて、少し恨めしげに言った。

(総士が『いなくなる』なんて昨日言うからだ)

”それは・・・すまなかった”

精神面からの影響か・・・・・・と総士は思うが、総士から一騎へは何も伝わらない。

その理不尽さを、一騎は呪った。

”・・・・・・不安か、一騎”

(伝わってる通りだ)

『不安だ』の一言で今の気持ちが全部言える。

 またしばらく、総士が黙った。それが総士がCDCに連絡してくれるために空いた時間であることを一騎は願う。

・・・・・・意外と長かった。放って置かれた寂しさと同時に、驚くぐらい簡単に腹が立った。

(総士・・・・・・)

無理矢理呼んでもそれよりも強い意識で無視された。

そうされるとどういうわけか、普段では絶対に浮かばないだろう支配欲が体の中で渦を巻き始める。

今の総士は、一騎の腕から一人抜け出て、遠いところに行ってしまったような気がする。

ザインである一騎から勝手に離れることは許されないことだ・・・・・・。

(俺のほうが、強い)

体の中の不満の渦を、一つの意識にまとめる。

ファフナー、一騎、総士、この三つが一体化した中で、一番強いのは一騎だった。

(総士!!)

 一騎に背を向けて立つ総士の意識を、力ずくで抱き寄せた。


*** *** ***


 自分の腕が、膝の上に座らせた総士を全力で抱きしめている事に気づいたとたん、一気に顔面が火照る。

腕の中で総士は、苦しいのか表情を歪ませていた・・・のだけれど、一騎の中では、罪悪感などは欠片も芽生えず、満足感のほうが遥かに勝っていた。

総士を手にして満たされたことに対する興奮に、胸が大きく波打つ。

(良かった・・・ちゃんと、ここにある・・・)

安堵の息を漏らし、一騎は総士の柔らかい髪の中に顔を埋めた。

”まさか、ここまで引きずり込まれるとはな・・・”

容赦なく力を込めて抱きしめてくる一騎を見上げて、総士が言った。

(ごめん。感情のコントロールが上手くできない)

 暴走に怯えた一騎の声が頭の中にする。・・・ここまで視覚的なクロッシングは初めてだった。

それどころか、肌までもが一騎に抱かれているという感覚を総士の脳に伝え始める。

”大丈夫だ。たった今、会議を午後にずらして貰ったところだ。・・・一騎が落ち着くまで、こうしていよう”

 たかだか一時の心の乱れであっても、戦闘中にそれがきっかけでザインと一騎が分離してしまえば、島唯一のザルバートルモデルと、

操縦者の損失に繋がるぐらい、だれでも理解をしていることだ。

”・・・まだ、僕は遠いか?”

圧迫に耐えながら、総士が訊ねる。

(ああ、遠い・・・)

”どうすれば近くなる?”

(・・・わからない)

 全てが感覚的なものでしかない曖昧な中、抱き寄せて触れて精神を重ねても・・・まだ遠い。

他に何ができるのか。

(総士は・・・わかるか?)

”わからない”

 多分、このままこうしていても変化は来ないだろうという予測しか立たない。

切り上げてしまえば時間は節約されるだろうけれど、それをしてしまったら、次にザインはどうなるだろう。

 途方にくれたままで触れ合うしかなかった。

肌で互いの体温を感じて、存在が奥にまで入り込んでくるよう心象化する。

染みこみあって一つになるまで・・・心臓の温かさで相手と自分を溶かして混じりあおうとする。

明日にはもう、二度と会えなくなっているかもしれないのだから。だから一欠片も無駄にしないとでも言うように。

その思いが、焦りを生んだ。

(総士・・・なんでそんなに遠いところにいるんだ?)

締め上げられることに慣れてきた総士の体は、一騎の腕を感じなくなり始めていた。

一騎の腕もまた、総士を抱き続けることに限界の色を見せ始めた。

(遠すぎて・・・どんどん薄くなっていくんだ、総士の存在が)

 一騎の言葉はただの呟きであったはずなのに、言いようのない悲しみが総士の中で生まれる。

総士は、それを一騎に流すまいと、必死でとめた。震えを気づかせないよう、少しでも声を甘くした。

”僕は、ここにいるだろう?”

すかさず返された返事は、総士が最も恐れた言葉を平気で吐いた。

(・・・いない)

全身を、駆け抜けていったのは恐怖。

言葉は繰り返される。

(総士は・・・ここにいない)

一騎自身の言葉も、不安に満ちていた。それが余計に総士の精神を刺激する。

”・・・一騎っ”

思わず漏れてしまった叫びが物語ってしまった。

総士の、一気に不安定に陥った感情の波が、誤ることなく一騎を直撃する。

(そう・・・し?)

愕然とした声が、ザインの中に響いた。その音に、取り乱す寸前であった総士は、最大の恐怖と、失敗とを自覚する。

”なんでもないっ・・・今日の訓練は終了だ。システムを落とすっ”

(総士っ?!!)

 今は夢を見ているのと同じような状態であるから、まずは一騎から意識の主導権を取り戻さなければならない。

目覚めて、システムを再起動させ、ザインを拒絶しなければ。

パニックに陥った一騎の叫び声が、総士の脳を直撃する。

(嫌だっ嫌だっ総士!!)

”落ち着け一騎っ大丈夫だ!システムを落としたらすぐにそっちに行く!本当に触れて、確かめさせてやる!今だけの終わりだ・・・頭を冷やせ!!”

(違うっ違う!凄くいいにおいがするんだっ総士のにおいなんだ・・・凄くあったかいし、触れられる。でも、それだけなんだ!それだけでそうしは・・・
ここにいないんだ!)

 ジークフリードシステムを司る人間が感情をあらわにすれば、全パイロットが例外なくその影響を受ける。最悪の場合、それはパニックへと発展し・・・。

「”僕はここにいるっ!!”」
 声にまで出して叫んで一騎から逃れる。一騎を振り払って、全力で覚醒を目指した。

突き放された一騎が、呆然としている間に・・・。



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