「僕は一日の大半キールブロックにいる。第二CDCはわざわざ記録に行かなくてもジークフリードシステム内から直接データを送信できるし、何より戦闘回数が圧倒的に増えてそうでもしなくては間に合わなくなった。会議も余程のことがなければ予定外のものは行われないし、ファフナー体の活躍のおかげでフェストゥムの襲来にいちいち動揺することも無くなった」
多分総士は、がちがちにかたまって、こちらを向いて話していると思う。
(意識させたかな・・・)
食事支度時の穏やかな空気を戻して欲しいけれど、こうなってしまえば仕方ない。
気になった一言だけ尋ね返して終わりにすることにした。・・・大体今日は、総士を眠らせるために連れ込んだ。
「それじゃ・・・ずっと一人でいるのか?」
「システム内の椅子は座り心地が極めて良い」
・・・もう駄目だと思った。
「そっか・・・良かったな」
「・・・ああ」
なんとなく、総士の扱いに馴れたかもしれないと思った。これ以上追いつめる理由も無く、ここで単純な就寝前の挨拶をして終わりにする。
寝返りを打って総士に背を向けた。隣は忘れて眠りの幸せに浸ることにしたはずなのに、体のだるさが抜けず、総士に隠れて何度も寝返りを打つ。
耳に付いた時計の秒針音を振り払うために目を閉じて、意識が飛ぶのを待った。
***
「・・・一騎、起きているか?」
突然隣から声がした。寝返りがうるさいと小言を言われるのが鬱陶しく、わざと反応しなかった。
それから、総士こそさっさと眠らせるために。
「眠ってしまったか?」
さっきあれだけ固まっていた人間にしては奇妙なほど積極的だった。けれどあえて、無視を決め込む。
ため息が、背を向けたばかりの方からした。
「不安は、確かにあるさ」
総士の声に、背筋が凍った。
総士の、一騎が起きていないことを前提にした話し口調が、さらに一騎を縛っていった。
始まった、懺悔にも似た告白。
「手を伸ばしたところで、元の島には戻れない。終わることさえ、一騎達が生きているうちに果たして間に合うのか。・・・・・・僕は、とっくに消えたものを未練たっぷりに探しているだけではないか」
そういうことは、もっと早くに言って欲しかった。背を向けてしまった今更、必死な声が聞こえてきて、総士の震えが伝わってきたとしても手を握ってやることすら出来ない。
(これは、総士の独り言だ・・・)
二度も確認してきた。それなのに自分は振り返らなかった。
「逃れたいとは思っていない・・・けれど、怖い」
総士の身体を起こした気配がする。
「だが今日甲洋が・・・甲洋が戻ってきた。還ってきてくれた」
甲洋が・・・甲洋が・・・何度も告げてくる総士の声に耳を塞ぎたくなる。
こんなに酷い声を出しているのに、涙は落としていないことを確信する。
敷き布団に、総士が触れてきた。蒲団が沈んだからわかる。
揺り起こそうとしてくれれば寄り添うくらいのことはしてやれるのに、それ以上は何もしてこなかった
・・・それどころか、身を引いてしまう。
理由はすぐにわかった。
次の言葉で。
「一・・・騎も、戻ってきてくれた。だからまだ・・・僕はやれる」
まさか自分の名前がここで出てくるとは思わなかった。
甲洋のことを言っていた時よりも、声がしっかりしていたこともまた、確かだった。
「まだ、希望はある。目指せるだけの」
そのはずなのに、虚ろになった。
「絶対にやりきる。・・・僕がいなくなっても皆がちゃんと元の島にたどり着けるように」
不吉な言葉、嫌な言葉、聞きたくない言葉が真ん中の辺りにあった。
気づいたときには蒲団をはねのけていた。
そして総士に掴みかかった。
「そんな言葉、絶対に言うな!」
眠っているとばかり思っていた一騎からの叫びに、一度は目を丸くした総士だったが、すぐに目を細めて笑った。
「そうだな・・・忘れてくれ」
身を起こした一騎を残し、自分は横たわる。
「なんでもない、少し疲れただけなんだ。・・・明日には」
穏やかな声は安心感を誘う。それは、戦闘中最も恐怖に苛まれ、不安定になるパイロット達を救う為に、総士がわざと身につけたものだろう。
確かに、無邪気なあの頃の声は、ここまで甘ったるいものではなく、もう少し張っていて、たまに信じられないようなことを思ったままに平気で言った。
今とは違う。
絶対に違う。
総士の声はいつだって心地良いものだったけれども、この声だけは許せない。
取り戻したい。
無性に腹は立ったけれども、どうしていいのかわからない。
「総士・・・」
さっさと目を閉じてしまった総士に声を落とす。流されないよう、少し重めに。
思った通り、総士は見捨てずに返事を返してくれる。今、ふとした油断に余計なことを聞かせてしまったばかりだというのに。
「俺が出来るのは、ファフナーに乗って戦うことだけなんだな」
敢えて、断定の形で尋ねた。実際、そうであると思っていたし、他の言い方でそれすらわかっていないと総士に思われたくはなかった。
「そうだ」
答えやすいのだろう。総士の返事は、だからこそすぐに返される。
すかさず、言葉に乗せた。
「だったら、俺が絶対にこの島を守る。今までの島を取り戻す。」
期待している・・・と呟かれる。その声がたまらない。
「だから待ってろ」
大きくなってしまった声を抑えるために一呼吸分飲んだ。
怒鳴らないように力を込めたら、情けないまでに震えてしまった。
「もう少しだから・・・必ず終わりにするから、だから、それまではちゃんと俺の後ろにいて、どうすればいいか教えてくれ。俺・・・頭良くないから」
ひたすらに一騎の無視を決め込んでいたように見えた総士であったのに、最後の部分で小さな笑みを浮かべた。
一騎からは、よく見えた。
「わ、笑ったな」
「・・・一騎の料理はおいしい」
総士の笑みに顔が熱くなる。一騎は、冷ます為に暗い部屋の隅を見つめて頭を掻いた・・・が誤魔化されたことに気づいてすぐに視線を総士に戻す。
その隙に何も聞かなかったことにされそうで、慌てた。
「それでっっ」
一番伝えたいことを告げる前に、総士が眠ってしまいそうだった。
エレベーターで言えなかったことを今言うべきだろうか。
静かに心に問いかければ、やはり今の総士には眠って欲しかった・・だから、まだ言えない。
でも今でしか効力のない言葉もある。
どうしても譲れない一言だけ告げる為、総士の耳元に寄った。
他の誰かに聞かれるわけでも無かったけれど、総士とのことは全部特別にしたかったし、約束ともなれば・・・結果的に、命がけの誓いともなれば、空気にも邪魔されたくなかった。
言葉はまた、昔の続き。
四年・・・いや、五年前と同じもの。
「だから・・・さ、今はちょっと大変だけど、俺が必ず終わらせるから、だからそしたら・・・」
総士が薄目を開く。
黙って聞いてくれたから、全部言い切ることが出来た。
「また遊びに行こう」
総士の目がはっきりと開く。
総士が何か言おうとしたけれど、聞かずに総士の・・・体温を忘れた、冷たい蒲団の中に潜り込んだ。
蹴り出されないのは、総士自身が相当眠いせいだろう。自分の行動の正しさを信じて、一騎は幼馴染みを抱きしめた。
・・・冷たい。
筋力のの落ちた胸は薄い。
お咎めは無かった。
「温かいな」
そんな言葉だけが、総士の方から最後にした。
一枚の蒲団に15の男が二人寝ころぶ。
互いの温かさを信じて、そのたった一つの確かさに安心して、一騎もまた、目を閉じた。
(絶対に守る)
そう何度も心の中で唱えながら。
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