「むしろ休暇が取れたことに感謝している」
「休・・・暇って、ただ俺んち来て寝るだけだろ?」
ぴったり横に並んで歩けば互いの顔は見ずに済む。癖なのか急ぎ足の総士に意識して歩幅を合わせた。
「約11時間、自由行動が伽化された。休暇と呼ぶには十分だろう?」
信じられない言葉を総士は平気で返してくる。
急に胸が重くなって一騎は押し黙った。
途中で晩の具材を買うために商店街によることを告げる以外、何も言わなかった。その時にかぎだけ渡して総士には先に帰って貰おうとしたけれど、それは断られた。
寄った店の店主も、一騎を見てはいつもの笑顔。けれど後に続いた総士を見ると、目を丸くした。
店主が悪いわけないのに異様に気に障る。腹を立ててばかりもいられないので店内も見渡す。
(簡単に済ますなら炒め物が良いけど・・・総士油にあてちゃ悪いし・・・)
こっそり総士を盗み見るが、運良く視線がかち合うことはなかった。
「なんか食いたいものあるか?」
少しでも好きな者を食べさせたかった。思いつく者はいくつかあったけれど、好みが昔と同じとは限らない。
「・・・いや、別に」
かいものかごから手を放して頭を抱えたくなるような声。
慌てるようなことは一言だって言ってないはずなのに。
「そっか」
それ以上困らせないよう適当に相槌を打ち、了解を伝える。それからは、主婦の世界。
(簡単で台所の残り使ってるくせに見た目良くてあんま食ってない総士の胃でも大丈夫な3千円以内)
・・・もう一度、総士を見やる。アルヴィスにいたときよりはだいぶまともだけれど、それでもまだどこかボンヤリとしていた。
条件を追加する。
(火の通ったあったかいもの)
馴れた手つきで流れに乗って、商品を籠に放り込む。
商店街を二、三件巡った後の帰路、ずっと黙っていた総士が口をきいてきた。
「それは・・・僕にも手伝えるものか?」
不安そうに。
シャッターの折り始めた店店を背にした中での続かない会話。
なんとか閉店前い買い終えられたことに安堵しながら一騎は返事を返す。
「刻むものが多いんだ、それ、頼む」
下手に断ればムキになってくってかかってこられると、瞬間的に思いついたから・・・そしてもう一つ、思った通りに会話は終わる。
台所の灯りをつけて、籠の中身を広げた、総士には、少なくとも彼が触れたことのありそうな、タマネギ等々少々面倒くさい部類のものを渡す。
鍋を火にかけた瞬間だった。
「できたぞ、一騎」
思いも寄らない総士の言葉に壁の時計を見やる、・・・まだ五分と経っていない。
同じ分量のものを、クラスの女子は、家庭科の授業で8分以上かけていたと、一騎の頭は記憶している。
「総士・・・料理できたんだ」
綺麗なみじん切り姿のタマネギや、裂き分けられたシメジやエノキ、白身とわけられた卵。
「父さんが生きていた頃・・・このままではまずいと判断してやるだけはやってみた」
「・・・そっか」
なにか惨劇が起こるものと覚悟していた一騎は納得しつつ、ほっとしつつで自分の仕事に戻る。
総士には、さらに多くの野菜類を手渡し、別の鍋に、蟹缶を汁ごとあけた。
手は休めず、口だけ動かす。
「俺の父さんに作らせると、米は洗わないし、おかずはつけもの一品だけだし、しかも切れてなくてさ、繋がってて箸で分けなきゃならなくて」
「司令が?」
「ああ。・・・しかも父さんが作る器は洗いにくい」
「・・・この間の盆踊りの晩、遠見先生が一つ買ったそうだ。・・・乙姫に聞いた」
「ほんとか?遠見、可哀想に・・・」
湯気の立つスープを器に盛って、茶の間に移動する。
「シチューにすると重すぎるけど、これぐらいだと軽くいけるだろ?」
目の前にしたクリームスープと蟹かき玉。
ほんのりとたつ湯気に、話せば話すほど、昔に戻れるような気がする。
何よりの進歩は、今、話せていること。
モルドヴァで、何よりも望んだこと。
渋る総士を先に風呂に入れ、その間に洗い物を済ます。
少し悩んだ後に、茶の間に二枚、蒲団を並べて敷いた。
***
「こっちの蒲団は司令のものか?」
枕を並べた幼馴染みの問いに、正解であることを告げる。
灯りを消したばかりで目が慣れず、相手の表情まではわからない。
「そうだけど・・・なんで」
「そんな気がした」
「上官に無礼を・・・とか、カノンみたいなこと言い出すなよ?」
「まさか」
昔はもっと、騒いでいた気がする。
昼間よりもなんだかわくわくして、眠れなかったし、どっちが夜遅くまで起きていられるか、競争もした。
学校や外で言えない秘密の話し、宝物の場所、そんなこといっぱい・・・。
今は、静かなものだった。
一騎も総士も、大人しく首まで蒲団を掛けて動かない。
「今は、俺より総士の方が父さんと会ってるのか?」
耳を澄ませば波音が坂を駆け上がってくる。
一騎が黙るとそれぐらい静かになって、やがて総士の方が
「それは無い」
一言言った。
一騎は続きを待つ。気配を感じたのか、しばらく間をあけてから、総士は続けた。
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