“だろうな”
喉までせり上がってきた罵声を堪える。総士は決して自分を馬鹿にして言ってるのじゃない。事実をそのまま簡潔にまとめた上での発言をしているわけで、悪意なんかは欠片もないはず。
途切れる会話。こんなに続かないものだったろうか。もっと自然に話せていたときは幼すぎて、何をどうして時を過ごしていたか、今は思い出せない。
ただ今、話題にすべきは一つ。
「俺は今、どこに居るんだ?」
悲しいやら腹が立つやら総士を頼る自分が屈辱だわの複合で声が震えるが、きっと総士は迷子になって気が弱ってるとぐらいにしか思っていないのだろう。
こちらがファフナーに乗り込んでいない時のジークフリードシステムは、ただのタマゴだ。
“微妙な場所だ”
実際には一騎の言葉のすぐ後に、総士の言葉は返される。
総士の姿が消えて、見取り図のようなものが映し出された。赤い点が現在位置なのだろう。
“ノルン格納庫の真上だ”
「な、なんでそんな所・・・」
“僕が聞きたい”
モニターに映された映像を目に焼き付ける。全体図を覚えてから、脳内で帰りの道順を何度か繰り返した。画面ギリギリまで顔を近づけ、細かい表示まで読み、誤りがないことを確認する。
「ありがとう総士、一人で戻れそうだ」
“いや”
いきなり表示が切り替わって、整った顔が目前に現れた。
驚いて数歩下がる。・・・“近過ぎだ”・・・総士の顔がそう言っている。
「や・・・えっと」
何で誤魔化していいのかわからず、言葉はどもる。珍しく視線を下げて黙る総士も相当驚いていること請け合いだった。
“僕が一騎を迎えに行った方が早い”
「別に・・・自分で帰れ・・・」
“そこを動くな”
厳しい声とともに通信が切れ、モニターの中の総士と、赤い光りも消えた。そうなるともう静かなもので、疲れ果てた一騎はそのまま壁によりかかり、ずるずると床に崩れる。
総士がきたら、一体何を言われるか。
(多分、何も言われないんだろうけどさ)
暗くなったモニターを見つめる。
だったらわざわざモニターに一騎の現在位置を示す必要など無いのではないだろうか。
というより、自分が一時間以上歩いたこの場所まで、十分過ぎる程顔色の悪い総士を歩かせてしまうという自分の愚かしさに落ち込んだ。
***
十分も経たずに耳慣れた足音が近づいてくる。驚いて顔を上げれば、奥の自動灯がついたばかりだった。その下を歩く人物に、見間違いはない。
「一番効率の良い通路を通ればこの時間でここまでこれる」
しれっと言われた後の帰り道は気まずい限りだった。
「僕が来なければ、また一時間かけて戻るつもりだったのか?」
「説明してくれればわかった」
目を合わせていなかったから表情まではわからない。けれど、ため息をつかれた。・・・総士の動作一つ一つに、怯える。
「この辺りの扉は、司令や僕のコードでなければ開かないものが多い」
壁だと思っていた部分が実は扉で、奥にエレベーター。
乗って再び話題に困る。
「人の心配よりもまずは自分の体を休めるべきだ」
壁に寄りかかった総士の方が、珍しく先に口を開いた。
「え・・・」
珍しすぎて対応できなかった一騎を放って総士は続ける。
「あんな場所まで迷ったことに気づけないのは、脳も体も疲れ果てている証拠だ」
何かが引っかかって、一騎は思わず聞き返した。
「総士も・・・そういうことあるのか?」
ツッと総士の瞳が動き、一騎の姿を映す。それまで総士を窺っていた一騎は床を見た。
「ある」
意外な返答に、一騎は顔ごとふせていた目を上げた。
「ホントか?!!どんな・・・」
興味津々できらきら光る目を総士に向ける。
が、逆に疲れ果てた返事が返された。
「僕がそれを言ってどうなる」
「俺とおあいこになる」
逃げ場のないエレベーターであるのを良いことに、さらに迫った。
「嫌だ」
「言えよ、言えば楽になる。きっと」
「苦しんではいない」
総士を救うかのようにエレベーターは目的の階に到着した。
降りた総士を一騎は追う。早足で総士に並んで顔を覗く。
「気になって仕方ないんだ」
「それは一騎の勝手だ、僕は関係ない」
足を速めた総士に、一騎は切り札をだした。
「気になって戦闘に支障が出る」
総士の足がピタリと止まった。総士に合わせて一騎も立ち止まる。
「・・・言ったな」
「ああ、言った」
しばらく黙った後、総士はようやく一騎と向き合った。
小声で・・・けれど戦闘指揮時のような早口だった。
「おとといの会議の時、同じ事を三度も繰り返して説明した」
「三度も?」
「司令に教えられるまで、気づかなかった」
そういえば、おとといの晩、夕飯だけを食べに帰った史彦がひたすら“あの総士君がなぁ・・・”と呟いていたことを思い出す。
「その前は全ての作業を終えたのにもかかわらず、ジークフリードシステム内で座り込んでいた」
「一時間?」
「四十分だ」
総士は、あくまで同類にしようとする一騎の言葉を否定しようとするが、似たようなものだ。
(・・・可愛いなぁ)
ぼんやりと浮かんだ温かい一騎の感情が凍るまで、五秒とかからなかった。
きっかけは、総士の言葉。
「そしてさっきだ」
総士の言葉に耳を疑う。疑いすぎて、笑みまで消え、妙な間が空いた。そして待ちに待った総士の声が聞こえる。
「お前を送るつもりで立ち入り禁止のブロックに置き去りにした」
血の気が引いて、頭の中が白くなる。それでも総士のことは大好きさと、必死で思う。
なんとか意識だけは保とうと、幼馴染みの名を呼びかけた。
「総・・・」
「すまない、そんなつもりじゃ」
言い終わる前に総士の頭を引き寄せ、総士を引きずるようにして一騎は歩き出す。
「か、一騎!!」
抗議の声が上がるが、そんなもの聞いている余裕は無い。総士を引きづりながら叫ぶ。
「総士!今から俺の家来い!蒲団敷いてやるからとにかく寝ろ!!」
総士を引きずりながら、ひたすら外へと続だろう、見慣れた、いつまでも続く同じ廊下を突き進む。
・・・その足が、ふと止まった。
同時に一騎の腕の力も抜け、解放された総士が顔を上げる。
その総士に、一騎は疲れ果てた、今にも飽きそうな声で訊ねた、目は、廊下を見つめている。
「総士、ここは、どこだ?」
ついうっかりと、総士の返事に期待した。
最高傑作の応えが返る。
「・・・わからない」
総士もまた、呆然とした様子で廊下を見つめていた。
総士は決して冗談を言っているわけではなく、本当に途方に暮れた声で合ったために、責める気力も言葉も消えてしまった。
力が抜けて倒れそうになった自分の体を、なんとかエースパイロットの意地で支える。
ーーーー俺よ、泣かないで。
4へ続く
戻る