階を変える度、一定の曲がり角を曲がる度、一騎は捕獲した総士に現在位置を確認した。

総士は、意識さえはっきりしていれば問題無いらしく、二人して歩き出してから20分足らずでなんとか人声がする場所まで戻った。

ここまでくれば、後の道は一騎でもわかる。

「ここでいいだろう?まだシステムでの作業が残っている」

一騎の脇に頭を挟まれ、ヘッドロックのようにして引きずられてきた総士は、詰まった息の中でなんとかそう言ってのけた。

けれど、疲れ切っているはずなのに、一騎はますます強く総士を締め上げる。

「一騎?!!」

頭を押さえ込まれて動きのとれない総士が、動じきった叫びを上げる。

そしてそのまま、体勢が体勢だけに抵抗できずにずるずると連れて行かれる。

抱えられた腕の中で許される若干の視界には、床しか入らなかった。

一騎の腕を引きはがそうと腕が震え、指先が白むまで力を込めるが、効果はほとんど無い。

 第二CDCの前を通りかかったとき、総士にとって聞き知った声が複数出てきた。礼をするまでもなく、総士の頭は、一騎によって下げられている。

「一騎・・・と、総士君か」

一騎の腕の中でぐしゃぐしゃになった長髪だけを見て、史彦は声をかけた。

アラアラ・・・と人ごとのように話し始める要母と近藤母。

「作業の残りは?」

「い、一時間以内には終わるかと」

史彦の問いに、一騎の腕中の毛玉が答える。

「そう、良かった・・・更新したCDCのデータをシステムの方に送っておいたので、すぐに確認してください」

と近藤母。

「近藤さんと手塚さんがファフナーの駆動系プログラムの問題打開策を二、三まとめたので、なるべく早いうちに目を通していただきたいとのことです」

と要母。

こちらは多少、申し訳なさそうに栗色の毛玉を見つめながら言う。

二人が言い終えるのを待ってから、史彦が半透明のディスクを差し出してきた。

総士は、そろそろ赤く変色してきた手を受け取るために伸ばす。

・・・なんのせいだか、その手は震えていた。

 一騎が歯をきつく食いしばる音は総士にだけ聞こえる。

荒くなった呼吸も、飲んだ生唾の音も、呪詛の言葉も。

 史彦のディスクに

総士が触れようとした瞬間だった。

『ダンッ』っと大きな音をわざと立てて一騎が床を蹴った・・・史彦の手は止まり、三人の目は同時に一騎に集まった。

潤みかかった目を最大に見開いて、一騎は父親を睨み付け、叫んだ。

「もう今日は総士に仕事させるなぁぁぁぁぁ!!」

大人三人の壁を総士を抱えたまま突き抜ける。息子の突然の暴挙に、父親はぽかんと口を開けるだけだった。

要母に突かれて、ようやくでくの坊から元に戻る。

「わ、わかった」

用意した言葉が引っ込んで、意図したものとは全く反対の言葉が出てきてしまったのは、睨み付けてきた息子の目が、無き妻とそっくりであったせいか。潤んでさえいなければ、土下座をする羽目になったかもしれない。

角を曲がる直前に、もう一度史彦の息子は振り返った。

「・・・父さん」

「な?」

“なんだ?”と言いたかったのだろうと勝手に解釈して、一騎は続ける。

「今晩帰ってくるなよ?蒲団とか全部総士に使わせるから」

「ば、晩飯はどうする?」

父親の情けない問いかけに、一度はキレたとはいえ母性の塊である一騎は一瞬とまどった。と同時に腕の力が弛み、その隙に総士は脱出しかける、が。

・・・母方ほんものの真壁の血を継ぐ男が逃すはずは無かった。

総士が不自然な体勢のせいでよろめいたところを、背後から再度捕獲する。

「し、司令!!」

おそらく意味は、“宅の馬鹿息子をどうにかしろ”という悲鳴だろう。が、その声でかえって一騎は逆情した。

 総士をとらえた勢いで叫ぶ。

「知るかっ!!」


***

 外の風に吹かれれば頭は冷える。頭が冷えれば後悔にまみれる。後悔にまみれれば、先に歩く幼馴染みの後ろ姿に不安ばかりが重なっていく。

「・・・総士」

「なんだ」

声をかければピシャリと返事が叩き付けられた。予想はしていても実際にそうされると意外とショックで、もうそれ以上先を続けられなくなる。

「その・・・仕事の邪魔して・・・悪かった」

「ジークフリードシステムでの作業の残りは、明日授業に出るのを止めれば時間までには終わる・・・その他の事はあんな形ではあったが司令本人から許可を得ることが出来た。そのことについては、僕は問題にしていない」

「じ、じゃあ、なんでそんなに怒ってるんだ?」

絞り出した言葉に、総士が立ち止まる。

「僕が・・・怒っている?」

追いついて並んだ一騎を総士は見た。

「怒ってなどいない」

嘘は、ついていないだろう。裏付けするかのように言葉は続いていった。



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