再び眠りについた甲洋は、また例の処置室へと戻された。運ばれる担架に、ぎりぎりまで総士と一騎は付きそう。やがて、担架を押していた医療スタッフの一人が総士に向かい頭を下げた、そこで二人は立ち止まり、甲洋を見送る。
一騎は総士の横顔を盗み見た。安堵に満ちた、穏やかな表情。とっくに甲洋はいないのに、いつまでも消えていった廊下を眺め続けている。薄情と思われるかもしれないが、一騎は甲洋よりも総士の横顔に見入っていた。
「なんだ」
堂々と見過ぎたのだから気づかれて当たり前。それでも急に睨まれたことにひやりとしながらなんとか平静を装って応える。
「総士は・・・ずっと総士だったんだなって思って」
踵を返した総士に、一騎は続く。
「・・・今はジークフリードシステムに搭乗していない。伝えたいことがあるならもっときちんとした言語で話せ」
そう告げながら、総士はエレベーターの前で立ち止まる・・・ということは、目的の階に上がるまでにまとめて言えということで、無茶な話だ。
「いや・・・いいよ、また今度。それでいいだろ?」
「ああ」
そこでぷつりと会話は途切れる。
そうしてくれと言ったのは一騎の側だけれども、たとえ数階分でも間が空くのは辛い。
話したいことが何もなければ問題でなかったかもしれない。けれど、帰ってきた今は伝えたいことがたくさんありすぎた。その中の一つに、左目の謝罪のこともあるし、他のことも。
どれもが大切で、たわいもない言葉でくくりたくはなかった。
そうなると話題はいつものものに落ち着いて。
「体の具合、平気なのか?」
そう言うと、一気に動揺する総士を見ることが出来る。他から心配されると言うことは、それだけ総士の不意をつくことで、咄嗟に対応できないのだろう。
モルドバで見た、幼い彼を思い出す。
今、島を出て行く前よりずっと大切になった人間が、そんな風になってしまったことが痛い。
ぎょっとした総士が見つめてきて、すぐにその視線を下げる。
「ふ、普段は平気だ」
自分は今、どんな顔をして総士を見ているのだろうか。
多分、総士が困り切るくらいの馬鹿な顔をしている。
「そっか・・・ならいい」
それだけ告げて、開いたドアからエレベーターを降りる。・・・降りる一騎に総士は続かなかった。
「総士?降りないのか?」
振り返れば、先ほどの自分の様にぼんやりとした表情の総士がいた。全く同じに表情が切り替わる様は、面白いと言えば面白い。
「ジークフリードシステムでの情報処理がまだ終わっていない」
「そっか・・・それじゃ」
閉まるエレベーターに向かい、一騎は言う。
「ああ」
ドアが閉まる寸前に総士からの返事が返った。
一騎は、総士の乗ったエレベーターが下りるのを示すランプをじっと見つめる。
(あ・・・)
今更ながらに気づく。
(送られた)
総士の好意に気づくのが遅すぎた自分が悪いのか、それとも全くわからないほど遠回しな皆城総士が悪いのか。
申し訳ない・・・のではない。できればその役は自分が買って出たかった。一言ずつ切れる会話でも、総士となら出来る限り続けていたかった。別れるなら、総士の部屋の前が良かった。・・・悶々と悩みながら、アルヴィス内を歩く。
いつまでも続く同じ廊下。
(父さん・・・今日は帰ってくるんだっけ)
ファフナーの訓練は今日は無かった。けれど度重なる戦闘での疲れは、溜まる一方だ。
(夕飯、今日も作るのやめよう)
ぼんやりしてきた頭を覚ますために軽く叩く。
・・・顔を上げたとき、嫌な予感がした。
(あれ・・・?)
いつまでも続く、同じ廊下。
同じ廊下。
(ここ・・・どこだ?)
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