貴方に世界を・・・(上)
伝えてくる映像は、三つの膠着状態だった。
出撃した三体の巨人から見れば、握りつぶせてしまう小ささの「ソレ」をどう扱うか。
ファフナーは指示を待っていた。
CDCは沈黙していた。
「ソレ」は何もしてこなかった。
向けられたマークジーベンの銃口を、景色と見分けられないでいるようだった。
誰もが「ソレ」を「彼」であると思いたいのに。
「彼」の周辺には今までの敵と同じく、あの「高次元の防壁」が存在していて、「彼」をファフナーと同じ
高さまで浮かばせていた。
曰く、”来るな”と。
示しているようで・・・・・・・。
一騎は廊下にいた。
それらを廊下の壁にある端末から見た後、泣きじゃくって壁に縋りながら訴えていた。
『攻撃をやめろ』と。それだけなのに、どうして誰もわからないのか。
いくら叫んでも扉を開けないCDCはとっくに捨てた。
端末から、ジークフリードシステムに直接呼びかける。
”退いて・・・さ、その後に何かあったら・・・・・・まずいだろ?”
剣司からの言葉に、画面を殴りつけた。
「何かあるまで待つ気か!!」
画面の向こうの剣司は眉ひとつ動かさない。
こちらの画像が彼のシステムで、どれだけ端の方に小さく表示されているか知れた。
”一騎、あんまり興奮するなよ。体に障るから・・・・”
「何っ!!」
”後輩達の何人かは、助けたいと思ってる・・・・”
こちらに適当な情報を与えれば、満足して静かになると思っているようだった。
戦闘中にそんな情報をわざわざお前のために提供してやったのだからもう黙れと、暗に告げられた気がした。
「ふざけるなっっお前はどうなんだ剣司!!」
怒鳴り声を上げた瞬間、剣司の姿が掻き消えた。
通信も切られて、画面には外の様子だけが映し出される。
怒りをあらわにしたのは、剣司ならば受け取ってくれると期待したから。
大粒の涙が床とぶつかった。
意味を成さない紺の制服。
開かないCDCの扉。
壁を再び殴りつける。
初めて痛みを感じた。
もう地下にいる意味もない。
外へと駆け出る・・・。
***** ***** *****
地下から浜に転がり出ると、雲ひとつない昼空のまぶしさに目がくらんだ。
走っただけで、思った以上に体がボロボロになっていて
それでも必死で彼のいる空を見上げた。
もし彼がフェストゥムで、その能力を持っていたのなら・・・・・・。
(こっちだ・・・・・・)
こちらごと撃たれないとは言えないけれど・・・・・・。
(こっちに来い・・・・・・)
この距離、地面と空の差。
声は聞こえなくとも、想いなら。
走っただけで口もきけなくなるなんて。
膝が折れそうに痛むなんて、以前は無かった。
大丈夫だったのは昔。
今ではない。
彼がいて、自分もいた、あのとき。
自分はパイロットで、マークザインに搭乗できて、誰からも必要とされていた時。
「かえろう?・・・・かえろう、一緒に」
見た目だけの紺を捨てて。
今「彼」が身に纏っている白に戻って。
届きようのない高さに浮かんでいる「彼」に手を伸ばす。
どうか握り返して・・・・・・。
巨人を降りて、ただの肉塊になった自分でも
アイして・・・・・・。
それが一つの方法なら、同化でもいい。
弱った目では、これ以上空を見上げたまま、目を開けていられなかった。
忌まわしいことに、腕も上げていられなくなった。
駆け出た砂浜の上に膝をつく。
(俺の背中に来て・・・・・・)
そうしたら、こんな役に立たないクズでも。
息すらままならない糞みたいな生き物でも
(お前を守ってやれるっ)
潰れかけた目をこじ開けた。
昼間の空が、酷く白い。
中心にいる「彼」は初めの位置から動いていない。
なのに何故か突然・・・・・
そう、なぜか・・・・・・
こんなに離れているのに、目が合ったような・・・
そして己よりも近い自分の隣に、彼が立っているような気がした。
その瞬間あの感覚が全身からわきあがった。
敵の目前に、これ以上攻撃を加えられたら生きられないと自覚している巨大な生傷が曝け出されているような。
奪われたら二度と立ち直れなくなってしまう大切なものが奪われたときに、大きく口をあけた・・・・傷。
やわらかな肉と、鼓動と同じに底なしに湧く血が剥き出される。
波のように押し寄せてくる感覚は、裏切りの概念など持ち合わせておらず、
あっという間に安心させられる。
《貴方は・・・・・・》
まだ彼は、空にいた。
なのに懐かしい声は、耳元で・・・・・いや、内側から湧き上ってくるようだった。
とっくに決まっている答えを、胸の内に用意する。
訊ねられたら、すぐに全ての思いを一言に重ねようと想う。
「彼」が来ないのか、それとももう来ているのかはわからない。
でも、今から確実に自分が行くのだから、問題ない。
昔ラジオにしたように大声で返しても良いかもしれない。
それだけ価値のある言葉。
確かに、自分はここに・・・・・・
《痛い?》
不思議な音を聞いた。
それが「彼」からの言葉であるとわかても。しばらく脳は動きを止めていた。
同じ音が、”答えてくれなきゃいつまでも続けるぞ”と、悪戯でもしているように、
彼にしては幼い音で、何度も繰り返される。
尚も答えられずにいると、音はほんの少しだけ変わった。
”痛いのですか?”という間の抜けた質問ニュアンスではなく、”あなたが痛いのは、私の全身全霊をもって理解しています”
という具合。
そして間髪入れず。
”私の憎むのは・・・・・・”
「やめろ総士!!」
体に構わず叫ぶのと
待機していたファフナーが動き出すのと
ジーベンの狙撃銃の正面に、できそこないのワームスフィアが生じるのは同時だった。
また無力な自分がいた。
マークドライの手が、鋭く総士に向かって突き出されるのをただ見上げていることしかできなかった。
ドライの指先が、総士の周囲に張られた「防壁」に接触。
その時自分はもう一度何か悲鳴のようなものを叫んだけれど、ドライと「防壁」の接触時に生じた炸裂音のほうが
遥かに大きく。
衝撃に、体は何度も砂浜を転がった。
顔をあげたとき、空に総士はいなかった。
目の前の浜に、横たわっていた・・・・・・。
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