こんな馬鹿なっ
こんな馬鹿なことがあってたまるかっ
総士がファフナーに・・・島に攻撃されるなんて・・・そんな・・・・・・。
貴方に世界を・・・(下)
駆け寄る足さえ上手く上がらず砂に取られて
踏みとどまった瞬間千切れたかと思うほどの痛みが、全身の関節から伝わった。
総士の元に辿り着いたと同時に力尽きる。
怒りが意識を繋ぎとめた。
転がっている総士を、制服を鷲掴みにして抱き寄せる。
総士を掻き抱いて、ファフナーに背を向けた。
(撃てるものなら・・・・撃ってみろ)
撃てるものなら・・・・・・。
抱えた総士には、昨日までの空想の総士にはない重みがあった。
寄りかかれるように抱き直す。
苦しいだろうと制服の首元をゆるめて
ボタンもはずしてやって、とりあえず息を楽に。
あとは・・・・・・?
「どうしたらいい?」
総士が苦しんでいるのはわかる。
真っ青な顔色で、少しも動かなくて。
「何処が苦しい?」
耳元に訊ねる。
何か反応を返して欲しい。
「どこが・・・」
突然砂の音が耳に入った。
目に映る世界と、現実がみるみる同じになっていく。
・・・・・・こわかった。
こわくて何も考えないで、総士の頭を抱きしめた。
わずかでいいから生きている印を見つけたくて。
今を嘘だと思うきっかけが欲しくて。
総士の頬に、頬を押し付けてみた。
抱いて体のどこかが動くのを待ったし、背中も擦って待った。
何度も何度も繰り返し名前を呼んだ。
真っ赤な瞳は見開かれたまま・・・・・・。
波の音が煩かった。
「総士、見よう?」
総士の顔を、海へと向けてやる。
「ほら・・・・・お前の好きな海だ」
蒼穹作戦のあと、ようやく見えるようになった目で、まず向かった場所だった。
総士が見ていたものが見たくて、何度も通った。
ひとり山に来た総士のようだと後で真矢に教えてもらって
家に帰ってから泣いた。
あの頃はまで自分の価値を信じていて
「好きだったんだろ?これからは、ずっと見れる・・・・」
全部なくしたと酔いながらも、そうでないことも心のどこかで知っていて。
「父さん・・・・・・下で何て言ったかな。俺ごと撃てって言ってたら・・・・・・・ごめんな」
自分を本当に愛してくれる誰かには絶対に裏切られないと、安心していた。
「その程度なんだ」
戦えたから、他の全てが許されたことに気付かずに。
「総士・・・・・・俺、皆に”しばらく休んでいい”って言われた。体が動かなかったし、他にどうしようもなかったから
俺は言われたとおり、従った。でもそうしたら・・・・何もできなくなった」
また泣いた。
抱えた総士の頭にぼろぼろ涙を落として。
濡らして。
総士の部屋に駆け込んで、してきたのと同じに・・・・・・。
唸り声がした。
自分の声だった。
総士からの返事が全く無いことに怒っている。
もう一度誰かに・・・・・・総士に優しくしてもらえるなら、死んでも良いと思ってきたのに。
なのに何の応対もされない。
何も返されない。
今の総士がどんな顔をしているのか知りたくなった。
生きているのに無視しているのなら、殴りつけてやろう。
そう思った。
顔を覗いた瞬間、赤い瞳と目が合う。
《・・・・いた・・い?》
あの声がした。
ちゃんと生きていた。
でも気のせいかと思うほど、かすかなものだった。
縋りつくには十分だった。
というより、泣きついた。
全ての慕わしさに向かって。
赤い瞳に魅せられていた。
瞬きもなしに見つめてくる目に飲み込まれる。
なのに優しさが、突然消えた。
間に合わなかったのとは少し違う。
今まで一騎一身に向けられていた総士の意識が、一気に、余すところなく別の方向に向かった。
その考えは正しいと、すぐに裏付けられる。
《・・う・・・・み?》
総士の音が変わっていた。
呆然と、腕の中の『ソレ』を見つめる自分がいる。
動けなかった。
『ソレ』が『総士』になれるかもしれない期待が体を抑えつけていた。
動かしてはならない。
刺激を与えてはならない。
放っておけ。
そうするべきだと教えられたかのように知っていた。
《私・・・でないものの、たくさん。・・・・・わからない》
本当にわからないのだろう。
それどころか、一騎からの情報供給がされないことを不思議に思っているようだった。
その姿はミールからのつながりを断ち切られた端末のようで
『総士』の言葉とは思えない。
「じゃあ・・・俺と・・・海・・が、違うことは・・・わかるか?」
《・・・・・・》
「総士?」
返事が返らなかったことに驚いた。
慌てて名前を呼んだのはそのせい。
つい、自身に与えた拘束を忘れた。
総士にさえ、存在を忘れられてしまっていたら、この先どうしていけばいいのか。
自分は『頭の壊れた迷惑モノ』ではなくて『真壁一騎』。
彼は、『拒絶すべき敵』でなくて『皆城総士』。
皆がちゃんと認めていた『昔』と同じく、今この島にいるではないか。
今と昔とどこが違うのか。
なのに、総士が自分をわからなければ、『違うこと』になってしまう!
だから焦った。
背後の巨人達は動かない。
さっきは攻撃をしたくせに、何を待っているのか?
総士の『化けの皮』が剥がれるのを?
『違う』ことの証拠が突き出されるのを?
「総士の声が聞きたい・・・お前の・・・・・」
体の軋みも、総士を抱いている実感に変わる。
本物の総士の口からどうしても聞きたい。
総士の言う『ただいま』を。
総士の言う『ただいま』が、自分たちを元いた昔へと戻してくれる。
二人が、あのときから全く変わらない世界で生き続けていたことを証明してくれる。
総士は、いつも正しい。
その総士が”お前が正しかった”と言ってくれる。
”お前が生きていても大丈夫なのだ”と。
それがあるから元の世界にいると実感できて、最大の幸福の中総士を迎えられる。
「俺たちは・・・気持ちを声にのせて相手に説明する必要があるんだ・・・・」
そこまで言うので限界だった。
それ以上は教えたくなかった。
総士が見ているのと同じ海を見る。
これだけでも、数時間前まで夢だった。
小さな幸せを噛み締めていて、赤い瞳が向けられたことに気づかなかった。
視界に伸ばされてくる指先が映って初めて
ぎょっとして総士の顔に視線を落とす。
「お前・・・・・」
手は、どこに向かって伸ばされているのだろう?
自分に?
それとも空に?
確かに、今日の空は見事なまでに晴れ渡っていて
自分よりずっと魅力的だった。
・・・・・・でも本当に、空に?
「どっち・・・・だ?」
笑みが自然にこぼれる。
数時間前まで間に合わないことが恐かった。
少し遠出をしただけで三日は動かなくなってしまう身体が拍車をかけた。
でももう
もし答えが無いまま撃たれたとしても、この先離れることはない。
それはとてもとても幸せなこと。
もう一人じゃない。
寂しくない。
それは、絶対に大切なこと。
あんな思い、もうしなくていい・・・・・・。
最後に、総士にちゃんと触れておきたい。
今の総士は虫の息というやつで、手当てがなければもたないだろうし
こちらもそのさき生ききれるるほど、確かな気力は持ちあわせていない。
総士の背を支えていた利き手でと、手を伸ばそうとしたとき
総士から伸ばされた手が、スカーフと襟の辺りを掴んできた。
ゆっくり・・・・・スローモーションのように指が折り曲げられていくのを目の端で
・・・・・・気配で感じた。
ただ指をひっかけられただけのようであったけれど、掴まれたと・・・思った。
そして視界に入った総士の唇が、うっすら開くのを見る。
どうか・・・・・・
どうかこの声が、他の誰かにとどきますように。
問いの答えが・・・地下まで・・・・・・。
「こ・・・・こ・・・・」
すでに微笑ませていた顔を、さらにクシャクシャにして笑う。
涙を落として頷いた。
「・・・・こわくな・・い・・・・・」
頬に触れるのをやめて
総士の背に腕をまわしたまま抱きしめた。
ずっと欲しい言葉だった。
感謝の言葉を告げたくても言葉が出てこなくて、涙ばかりが次から次へ。
お願いだから・・・・・
総士は元通りになってくれるはずだから・・・・・・。
もう許して・・・・・・。
これ以上総士に辛い思いをさせないで・・・・・・・。
両足を失ったとしても構わない。
ひきずってでも、総士をメディカルルームに連れて行こうと思った。
歯を喰いしばって、全てを堪えて立つ。
地下への入り口が勝手に開いて、中から防護服を着たスタッフが担架を持ってわいてでてきたけれど
総士を渡す気はなかった。
スタッフの一人が総士を取ろうとしたので叫ぶ。
ふざけるなっ!!総士だってこのさき、ずっと二人でいるために帰ってきたはずだ!!
お前達が触って良いはずがない。
助けてと、何度も言った。
聞かなかったお前達が総士を助けるはずがないっ!!
けれどいとも簡単に総士は奪われて。
自分は
砂の上に一人で転がっていた。
白衣を着たスタッフの運んできた担架に、がんじがらめにされて乗せられる。
(俺ですらおかしいってなってるのに・・・・・・)
総士が連れて行かれた方を睨む。
(総士・・・が・・・・大丈夫なんて・・・・)
『おかえり』なんて。
こんな恐い場所で言えるはず無かったのだと
今更ながらに自覚した。
でも確かに、自分のところには戻ってきてくれた。
(言いに行こう)
これから運ばれるベッドの上から動かずにいれば、5日もすればまたアルヴィスを歩ける様になるだろう。
そうしたらすぐに、総士を連れ出して、うちに帰ろう。
2人だけの場所に行って、ちゃんと『おかえりなさい』と言ってやる。
スラスターの爆音がした。
ファフナーが帰っていくのが空をバックに目に映る。
どうして『そう』なのか、よくわからない。
また自分が知らないうちに、きっと何かが『され』たのだ。
自分の知らない。
総士も知らない。
二人だけの世界は同じもの。
晴れ上がった空さえ薄暗く見えて
映りにくくなった目を閉じた。
END?
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