暗闇にキラリ


 夏の日差しが急に始まった日の午後。

生徒会室に差し込んだ日の光が部屋中を温めていた。

「祐未が光になった」

「・・・・・・はあ」

 島のトップであり校長からの援助で各教室に入っている筈のクーラーは、冷たいからとここの会長には

嫌われていて。

代わりに二台の扇風機が首を振っていた。

そのうちの一台を窓辺から直射日光を浴びて校庭を眺めている会長が独占。

「暑過ぎるのも体に良くないんじゃないですか?」

もう一台を、その校長の一人息子が独占。

部屋には二人。

片方は校庭を見つめ、片方は点けられないエアコンを恨めしげに見やる。

相変わらず下を見続けながら、僚はからかうように総士に声を掛けた。

「夏の暑さぐらい耐えられないと、丈夫な大人になれないぞ」

「汗だくで振り返らないでください。倒れますよ?」

手元のエアコンのリモコンスイッチを総士は押す。

ピッという音とともに点灯する緑のランプ。送られてくる風。

「あーあ・・・・・・楽になっちゃった」

背後からの風に満足そうに目を細める僚と全く同じ顔を足元のプクがしていた。

「その為のエアコンです」

一人と一頭を一度見やり、暑さの和らいだ部屋にほっとする。

椅子に腰かけなおそうとしたとき、すかさず窓際から声がかかった。

「わかってないなぁ総士は」

「はい?」

「体が動かないと、汗一つ流れるのにも感動するんだよ。息をして肺が動くのも心臓が動くのも。おーよく動いたなーっていう

気持ちになる」

少し、声が無かった。

窓からの日差しが強まる。すぐに弱まる。

総士がずっと小さくなった声を出した。

「・・・・・・今なら午後の体操の時間なんじゃないですか?ラジオの」

「おー、やるかー」

僚は暇でしょうがなかったとでも言うかのように、窓際から背伸びをして立ち上がり、僚自身が持ち込んできたラジオを点けた。

ノイズとノイズの合間の聞きなれた曲にチャンネルを合わせる。

「・・・・・・光ってなんです?」

早速体を揺らし始めた僚の背中に、総士は後ろから聞いた。

話を変えたいという総士の気持ちを、僚はちゃんと受け取った。

「光は、祐未のこと」

「聞きました」

促されたことに気をよくして、僚は笑った。

「俺は面倒だった。母さんが倒れたことも、動かないことも、もう良くならないことも。恐くて、面倒で、近寄りたいとすら

思わなかった。そのうち枕元に俺の写真とかこっそり置き出すし。見つけた時、たまらなくなってプクと一緒に家出した・・・・・・・。

プクの散歩コース一周して帰ったけど」

へらへらと、笑い続けた。

「それでいろんなことに参ってたら、今度はまさかの自分」

「降参しました?」

「出来なかった」

止まる。

総士が返す。

「そうでしょうね」

僚が、また笑う。

曲に合わせて、大きく体をねじり始めた。

「総士。単発で攻めてくるよな」

「貴方みたく深く抉れないので」

「効く」

「そうですか」

『体操が』という言葉が、僚が体をねじりすぎたせいで声が潰れ、消えた。

「俺には俺が跳ね返ってきたから・・・・・・。俺がずっと母さんに対して思い続けてきたことが返ってきて・・・だから辛かった。

きっと俺も誰かに、俺みたいに思われる。・・・・・・祐未は・・・あんなに面倒なことなのに、面倒だって一度だって言わない。

嫌がらない・・・だから・・・」

大きく深呼吸の真っ最中だった僚は、一瞬で素早く辺りを見回した総士に気付かない。







「・・・・・・プク、・・・毛、巻き込まれてますよ」

「あ・・・・・・」







 扇風機の羽が、絡まった毛を部屋中に散らしていた。

相変わらずの顔で目を細めているプクに僚が歩み寄って、扇風機の電源を切った。

羽が肉眼でも見分けられるようになり、指を突っ込んでも安全な程になり、すぐに止まった。

飼い犬の頭を床に座って撫でながら、生徒会室の机で作業を続ける総士を見上げる。

「総士も相当犬好きだよな・・・・飼えばいいのに」

「散歩してやれる自信がありません」

書類に何か書き込んでいる総士は、顔を上げない。

「・・・・・・・俺だって毎日出来てるのに・・・・・・」

少し小馬鹿にしたような声をプリントに生徒会の判を押しながら聞き流した。

「懐かれると幸せな気持ちになるぞ」

なのに追い討ちがかかる。

「何も返してやれません」

「プクは、俺がいるだけで幸せって顔、たまにしてる」

追いすがるような追い討ちに、流石にプリントから顔を上げ、一人と一頭を見つめる。

じっと総士を見つめている僚とは反対に、僚にずっと撫でられ続けているプクは、とても気持ちのよさそうな顔をして撫でられていた。

だらしなく体を伸ばしきって。安心しきって。

「・・・・・・そうなんじゃないですか?」

あまりに犬らしからぬ溶けっぷりに呆れながら、度の過ぎた様子に笑って返した。

何やら勝手に受け取った僚も、顔を崩して笑う。

それから、よっこらしょと立ち上がり、プクを撫でたのと同じ手で総士の頭を撫でた。

「総士、俺はお前が大好きだな・・・・・・」

「そうですかありがとうございます」

払われる前に僚の方から身を引く。

出口の方に歩んでいく僚を、プクが起き上がり慌てて追った。

本気で急いでいたらしく、爪が遠慮なく床にあたって音を立てた。

剥げたワックスが散って差し込んだ光を弱弱しく反射させた。



「大好きだよ」





生徒会室の扉を開け、出て行く瞬間。

僚が振り返って、もう一度言った。





END





鳶色の瞳