鳶色の瞳
頑張っているな。
頑張っているな。
頑張っているな。
全身に確認する。
ちゃんと自分は生きているなと。
瞬きもままならない今でも。
肺が膨らんで酸素を吸った。
中途半端に開いた口から、空気が入ってくる。肺が膨らむ。
こんなに動いていないのに、細胞が崩れ出すということは無く、しっかりお互いに結びついて、ちゃんと、それぞれが
頑張って生きている。
心臓が動いている。
たったそれだけのことに感謝した。
指一本動かせなくなった今。
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「今日は顔色、ずっと良いな」
目が覚めるたびに一騎が居るのか、一騎が来るたびに目が覚めるのかわからないけれど、気がついた時はいつも一騎がいて、
何か話しかけてきてくれた。
今日はそう言って、お湯で温めたタオルで顔や首周りを拭いてくれている。
ありがとうと、それだけいつも伝えたいのに。
半開きのまま固まった口は動かせず、舌はピクリともしなかった。
いつもいつも気付いた時には目が覚めていて、自分でも気付かないうちに眠ってしまっているのだけれど。
それでも一騎は、目覚めた時を見計らうかのように傍にいてくれて、そのせいでいつも一緒にいてくれているように思えて。
とても心強かったし、幸せだった。
涙は一滴も湧かなくて、息が荒くなることも顔が熱くなることも無かったけれど、あまりにも嬉しくていつも泣いた。
「今日遠見先生が、もうじき新しい薬の試作が出来そうだって」
優しい微笑みを浮かべて、顔を覗き込んでくれる。
「一番最初に総士に使ってくれるって言ってくれたんだ」
申し訳無いのは・・・そうした一騎の笑顔がいつも途切れ途切れになってしまうこと。
次に気付いた時には、話題も、一騎の服もかわってしまっているということ。
「蒲団、今干してた奴と取り替えた。気持ちいいだろ?」
頷くことも出来ないまま、一騎がそばにいてくれることに感謝する。
「またな」
そう言って帰って行く一騎の後姿を一瞬前に見送ったはずなのに、今は服の変わった一騎が目の前にいた。
蒲団が重くなった気がして、一騎がセーターを着ていた。
さっきまで、半袖シャツ一枚だったはずなのに。
それでもずっと、一緒にいてくれていた。
いつも話しかけてくれて。
顔を覗き込んで、笑ってくれた。
最初のときも、一騎だけが来てくれて。
動かないことに、一騎だけが怒ってくれて。
一騎が最初に気付いてくれた。
喜んでいたら突然。
「総士、今笑ったな?」
一騎が突然真剣な顔をして覗き込んできた。
何も考えていない時は、何も言ってこなかった。
笑ったときだけそう言った。
顔を覗き込んで、他のどんなことよりも嬉しそうに。
『祐未が光になった』
昼すぎに、日の光が顔に当たった。
避けようが無くて、ただ眩しいなと感じた時前触れ無く思い出した。
すぐに一騎が戻ってきて、カーテンを閉める。
日の光で痛かった肌が、楽になる。
もう一度、あの午後の言葉を思い出す。
『祐未が・・・・・・』
一騎が・・・・・・。
一騎が顔を覗き込んでくる。
「泣いてるのか?」
瞬きすら出来ない。涙は、湧かない。
「不安になっちゃったのか?でも、・・・・・・大丈夫だからな」
頬を撫でようと、一騎が身を乗り出してくる。
厚いカーテンすら貫いた日の光が、一騎の目に飛び込む。
優しい鳶色の瞳が、目の前にあった。
いつも。
END