滲む星
「飢え死にするぞ?・・・・・・このままじゃ」
狭いベッドにうつ伏せの姿勢のまま、動かなくなった総士の頭を撫でる。
「何か食べるか、外に出るかした方がいい」
こちらが触っても、身じろぎすらしない。
しばらく待っても、何の反応も無い。
総士の脇に腰掛けて、天井を見上げた。
「でないと、また点滴だぞ?」
脅すつもりで声を低めて。
でもやっぱり反応の無いことに驚いて。
かえって自分が脅されて、慌てて総士の生死を確認しようと、首の辺りから総士の服と肌の間に手を突っ込んだ。
(・・・・・・生きてる)
見ただけじゃ死んだみたいなのに、触ると生きていたし、温かかった。
最初はこんなことをされて腹が立った。
何で動かないのか。何で起きないのか。意識はあるようなのに。
意識はあるのに、一日中うつ伏せたまま。
何を言われてもされても、何も返さないで、動かない。
そのまま、目を瞑っているだけの時と、本気で寝ている時がある。
総士なのに。
どういうつもりかわからなかった。
戦いが終って役目が終って、拗ねたようにしか見えなかった。
皆そう思った。
何をしているのかもわからなかった。ただ無償に腹が立って、皆にならって見捨てようかとも思ったけれど、それを自分までしてしまったら、
何だか総士は一生このままな気がした。
それ以来通った。
忙しい中空き時間に様子を見に行くだけだけれど、行ったってどうせ総士は寝てるだけだから、大して罪悪感も湧かない。
行って、総士に手を突っ込んで、温かいか息をしているか確認してほっとした後、習った方法で総士の手首の内側に刺さったままの針に
点滴のチューブを繋ぐ。
(金魚みたいだ)
動かないでそこにいるだけ。
でも餌だけはちゃんと食べる。
泳ぎもしない、懐きもしない、反応も無い。
何を考えているのかわからない。ただ、ぼ〜っとしている。
その気楽な様子に癒された。
こんなに寝てても生かされていて、実は世界はこれくらい気楽に捉えていいんじゃないかと、そう思えてきて。
楽になった。
行けばそこにいる総士に。
忙しかった。
つい部屋に寄れなかった。
つい他の人に餌を頼んだ。
気にはなっていたけれど、どうせ寝ているだけだからと思った。
この間もその前も、二・三日放っておいてしまったけど、生きていたし。
誰か、見に行っていると思った。
見に行かなくても、あんまり誰も来なければ流石にあの頑固な総士でも出てくるだろうと。
そうしたら、何のためにこんなふざけた態度をとり出したのかわかるかもしれないと。
五日ぶりに総士の部屋に行った。
総士は少なくとも二・三日、また放って置かれてしまっていた。
ため息をついて、針にチューブを繋ぐ。
管が開く。
点滴が落ちる。
「なぁ総士・・・・・・お前何して・・・・・・」
慣れた作業。
何十回目かの同じ問いかけ。
総士の背に、手を入れる。
少し冷えたけれど、温かい。
「本当に、見捨てられるぞ?」
本当は、見捨てられているのだけれど。
視線を感じた気がした。
微細な気配に初めて気がついて、急いで傍らに跪く。
こんなことは初めてだった。
総士が、見てくれるなんて。
「総士っ」
自然と声が明るくなる。
満面の笑みで総士の顔を覗き込んだ。
薄く開いた目、久しぶりの瞳、蛍光灯の光が反射していて、総士がちゃんとこちらを見ていてくれているのがわかる。
その目がふいに、滲んだ。
瞳に映った光が、星のように散った。
多分一滴分くらいの涙。
「・・・・・・総士?」
突然浮かんだ涙の理由に凍りつく。
総士から答えが得られないのをわかっていながら口にした。
呻く。
自分の身近に常にあった可能性。
「お前・・・・・・動けなかったのか?」
身近すぎて。
残酷すぎて。
こんな酷いこと、総士に起きて欲しくなくて。
だから無意識に、除外した。
総士が駄々を捏ねているのだと思いこんだ。
一番有り得ないのに。
いつから?
最初に見つけた日から?
あの日は無視されてしまったと思い込んで、怒って。
そのまま家に帰ってしまって。
それからもずっと、家に、帰ってしまっていて・・・・・・。
知ったふうに、点滴を、餌だと。
呻く。
両手で顔を覆う。
何十回一騎が問いかけた間に、何千回、総士は悲鳴を上げていたのか。
泣くことさえ出来ないで。
渾身の力で総士を抱きしめる。
医務室へ、走った。
もう間に合わないかもしれない。
END
暗闇にキラリ