パイロット全員で海に飛び込む回数も、もうそろそろ二桁近くなった頃・・・・。

最初は、気のせいかと思った。

ただ、一人叫び、二人叫び、三人目の腕が腫れあがった時、誰もが確信し、浜へと引き上げた。

沖で意地のように競泳する二人を除いて・・・・・。


海の中の蒼い風船   上編




誰かに名前を呼ばれたような気がして、若干本気のクロールを止め、一騎は立ち泳ぎに切り替えた。

数秒たって追いついてきた総士も、一騎に倣って止まった。

音が波音だけになって初めて、浜からの呼び声がかなりの人数であったことを知る。

「一騎ぃ〜!!総士ぃ〜!!」

返事をしてもどうせ聞こえないので手だけを大きく振る。

足の全くつかないところでの立ち泳ぎは重労働。

用があるならさっさと言って欲しかった。

「あのなぁ〜!!」

しばらくたって、ようやく自分達以外全員が浜にあがっていることに気がついた。

帰るにしては、はやすぎる。

誰かから差し入れがあったのだろうか。

一騎が総士と顔を見合わせたとき

「でっかいクラゲがいるから気をつけろぉぉ〜!!」

「立上とぉ〜、衛とカノンが刺されたぁ〜!!」

「他にも、ちっちゃいのとかいぃっぱぁい居るよぉ〜!!」

見合わせたまま、互いの表情が引きつるの十分観察した。

「刺されたの、どの辺だぁ〜?!!」

海面に、頭だけ出して絶叫する。

ぎりぎり聞こえたようだった。

「そこらじゅうだよぉ〜!!」

ありがたくない返事が帰ってきた。

「大きいのは、どこにいる?!!」

総士も叫んだのだけれど、それは聞こえなかったらしく

一騎がもう一度叫びなおしてようやく届いた。

「わかんなぁ〜〜い!!」

困った返事が返って来た。

またお互いの顔を見つめあう。

「えっと・・・総士、どうしよう・・・・」

訊ねたとき、総士の顔はちゃんと考えている顔をしていたので、安心した。

「どうするも何も、泳いで戻るしかないんじゃないか?」

でもちゃんと考えて、出た答えはそんなものだった。

「え・・・だって・・・クラゲ・・・・・・」

「僕達が何かできるわけないだろう。それに、仮に漁師の誰かに船で迎えに来てもらえるとして、浜のメンバー

の誰か一人でも救援要請をしに行ってるか?」

言われてから改めて、浜のメンバーを数えてみる。

・・・・・・全員、いる。

「あ、いる・・・・」

「当てにしたいのはやまやまだが・・・。行っておくが、僕だって刺されたくは無い」

「俺も、そうだけど・・・・」

「ただ、一騎がもうしばらくこの辺りで浮いていてくれるなら、僕が戻って誰かを呼んでこよう」

言い終わってすぐに泳ぎだした総士の腰辺りを慌てて捕まえる。

「なんだっ!!」

溺れる寸前で体勢を立て直した総士が、怒鳴って返した。

「俺が行く!!」

「一騎が行ってどうする!!僕は刺されたとしても普段の作業は一騎達と違ってデスクワークだ。クラゲを手で

掴むような真似さえしなければ、いくら刺されても問題ない」

「そんなのおかしいだろっ!!」

「おかしくない!!大体たかがクラゲだ!お前がそこまで必死になることでも、僕がお前に怒られることでもない!!」

「逆ギレするな!」

「逆ギレじゃ・・・・・・」

一騎の売り言葉が総士によって買い言葉にツバつけて返されそうになったものが、ふと止まる。

「・・・・・・そうだな、僕が悪かった」

「え?・・・・ああ。お、俺も・・・」

「そこで、だ。ここを突っ切って浜に上がることは得策ではない。小さいものまでたくさんいるということは、潮の流れの

関係で打ち寄せられたと考えていい」

「・・・・・・うん」

「逆に沖に出ればクラゲの密度はさがる。立上たちが刺されて、僕達が無事なのもそのせいかもしれない」

「そうなのか?」

「聞くな。きっとそうだ」

「総士が言うならそうだな」

「そうだそうだ」

「?」

「だから僕たちは隣の浜まで移動して上がろう。あそこなら、海に対して開けている。比較的安全だと思おう」

「総士が大丈夫なら、それでいい。じゃあそのこと、皆に伝えるな?」

 一瞬背中のはねた総士が気になりつつも、一騎が浜に向かって叫んだ。

女子から了解の手を振られつつ、男子からは「逃げるな!戦え!!」と叫ばれて・・・・。

 隣の浜までどちらも無事に泳ぎきった。

なんとなく総士の説が正しかったような気になって一騎は泳ぎつつ小さく笑った。

砂地に足がつき、泳がなくても胸が水から出る。

立ってみて、他の仲間が泳いでいたのと大体同じ深さだと思った。

いくら目を凝らしても、クラゲなど一匹も見えない。

一騎が止まっているうちに総士はさっさと浜に上がってしまう。

なので急いで、もうひと泳ぎで浜にあがろうと砂を蹴って体を浮かせた・・・その瞬間。

やられたと思った。

他には思いようが無く、払おうとした時、払おうとした手にすら衝撃が走った。

「総っ・・・・」

呼ぼうとして、歯を喰いしばる。

構わず浜まで泳ぎきろうとして・・・・

次のひと掻きをした瞬間、もっと広範囲に痛みが走った。

ということは、奴は目の前にいたわけで、馬鹿な自分はそこに突っ込んだ上にさらに一歩前進したわけだ。

悲鳴が大量の泡になって口から出る。

理性なんて働かなかった。

そのまま暴れて暴れてなんとか浜へとたどりつつ。

クラゲの針を落としたくて涙を浮かべながら胸や腹やらを擦る。

そこに総士が駆け寄ってきた。

「総・・・」

「うっわ・・・気持ちが悪い」

腹や胸やらを凝視する総士の口からそんな言葉がサラリと漏れる・・・・。

意識が遠のいた。



*****  *****  *****  *****



 ただ痛いとしか思えない程の痛みが腹や胸、背中までを焼く上、あんな言葉を言われてしまった。

目の前が真っ暗なのは痛みのせいか総士のせいかよくわからないけれど、総士のせいで一気に痛みが増したことは

事実だ。

あの言葉を聞いた瞬間、棍棒で頭をぶん殴られた気がしたし、立って居られなくなってそのまま浜に座り込んでしまった。

情けないとは思うのだけれど、人はこんなにも簡単に生きる気力を失うのだと痛感した。

その総士も、今どこにいるかわからない。

あれ以上何も言わずにフイっとどこかに消えてしまった。

「・・・・・気持ち悪い」

薄目を開けると、総士が気持ち悪いと評価した腹が目に付く。

確かに、うねうねと何かが這ったように赤紫色に腫れあがっていて、酷い場所は水膨れが崩れている。

水滴の上に、腫れで剥がれた皮が白くなって乗っていた。

確かに総士の言ったとおりだった。

「俺・・・見捨てられたのかな・・・・・・」

「馬鹿なことを言うな」

嘆いた瞬間に肩を貸される。

感動シーンに涙する前に、無理矢理立たされた。

「お、俺、総士に見捨てられたって・・・・」

「助けを呼びに行ってたんだ。今、遠見先生のところに連絡をしてもらっている・・・・・息はできるな?」

頷いて礼を言おうとして一騎が顔を上げたとき、総士が波打ち際に一歩踏み出した。

「総士ぃ!!」

「針を落とすには海水が一番なんだ!!」

「せ、せめて水・・・・」

「水だと逆に触手の細胞が破裂して悪化する」

「でもさっきのやつがいたら・・・・」

「恐いか?」

「こ、こわくなんか・・・」

つい強がったのが間違いだった。

「よし、それでこそ一騎だ」


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