1、たたく


 『まさか』

という思いで誰もがいっぱいだった。というか、まさか本気でやるとは思っていなかった。

羽佐間容子も冗談と思ったからこそ笑顔で送り出したのだ。

「今日、総士泣かせますから」

と、こちらも笑顔でコクピットに乗り込む真壁一騎に対して・・・・・・。



*** *** *** ***



 "何故僕がこんな目にっ!!"

と、はるか下で自分を見上げてくるスタッフを眺めながら、総士は思う。

そしてすぐに、マークザインのツラと思われる部分を思い切りにらみつけた。

ザインの手の平の中で、滑りやすい革靴で、震える足での仁王立ちといった、大変不安定な体勢で。

 (うっわっ超可愛いっっ)

と、総士から全く見えないのをいいことに、コクピットの中で一騎は一人喜びに悶える。

一騎の感じる感覚で言えば、プルプル震える子猫や子犬、その他小動物を両手のひらに乗せている感覚。

片手でも事足りたけれども、大事な総士を落っことしたり、何かの弾みで傷つけるわけにはいかない。

あくまで、両手のひらの上にそっと・・・・・・そっとだった。

 ねだってねだってねだり通して迎えに来させた皆城総士を、マークザインはいきなりつまみ上げた。

それじから大事に大事に手のひらに乗せ、大事に大事に総士が絶対に降りられない場所、

ザインの胸元まで持ち上げた。

「一騎っこの馬鹿降ろせっっ」

 叫んだ拍子に足を滑らせた総士を慌てて手で包む。

同時に生唾を飲んで、総士のあまりの可愛さに壁やら何やら殴りつけたい衝動を半ば必死に抑えた。

暴れてしまえばブルグの半壊は免れないだろうし、そんなことより総士が怪我をする。

けれど、そんな思いも束の間で・・・・・・。

(そ、総士が手の中で暴れてる!!)

包んだ手の平がくすぐったい。

(うっわっどうしよう!!)

総士がもがきにもがいだ総士がザインの指の間から顔を覗かせた瞬間といったら・・・・・・。

思わず上から押さえて隠してしまった。

 そして湧き上がる好奇心。総士を片手に持ちかえて、持ったほうの手をそうっと開き、

少しずつ広げた手を斜めにしていった。

(うぁぁぁ・・・・・・)

総士の方からしがみ付いてくれる、頬を摺り寄せてくれる、全てを任せきってくれるこの快感っっ!

ゾクゾクと背筋を駆け抜けていった。

(最高だぁぁっ)

続けて思う。心の中では大暴れだっ!!

 ゆっくりと床と平行に戻されるザインの手のひらの上、皆城総士はまだ舌打ちする余裕があった。

自分をこんな目に合わせてくるなんて、一騎がするなど思いも寄らなかったけれど、されてしまえば

対処するしかないわけで。

肩で息をしながらザインを睨めば、なんだかいつもより色艶良く見える。

無性に腹が立った。何故にここまでこの自分が弄ばれねばならんのか。

 ザインの手の内で暴れまわったせいで、上着を脱ぎ捨てたいくらい暑い。

こめかみからの汗は止まらない。挙句、スカーフが汗を必要以上に吸い取って、実に気持ちが悪かった。

それでも、この後すぐに控えている司令とのミーティングを考えれば、これ以上制服を汚すわけにもいかない。

「いい加減にしろっ一騎っ!!」

顔を真っ赤に怒鳴るも、マークザインはしらっと涼しい顔・・・というか、こちらを見ていないかのようにすら見える。

(無視かっ!!)

というわけでもないだろう。「山羊の目」のおかげで今の一騎には背後の壁すら見えているのだから。

というか、今の一騎は、一騎から見てちっちゃくてどうしたらいいのかわからなくなるほど可愛い総士のために

あるようなもんで、その崇高なる最終目的は、あくまで総士を"泣かす"ことだ。

そう、どうしたって一騎は涙目総士を見たい。

なんか自分ばっか総士のために泣いてんのは不公平だ。と思う。

つか、なんか知らないうちに総士に「泣き虫」のレッテルを貼られてた・・・・・・何故っ!!

思い返せば昨日のことだ、総士を待って、こっちが眠たくて目をこすってたら、

"・・・・・・また泣いていたのか?"

部屋に戻ってきた総士がいけしゃあしゃあと・・・・・。「また」ってなんだ「また」って!!

「俺はお前を待ってたっつの!!」

俺はお前の前で泣いた覚えなんて無いぞ。

お前だって泣いたろうによ、それは棚に上げるのか?何はともあれ

(ぜってぇ泣かす)

硬く拳を握り締め、目の前でさっさと眠ってしまった総士に誓ったものだった。



 「いいか一騎!僕はこのあとすぐに会議が入っていて・・・・」

総士本人の叫びで一騎は我に返る。

そうだ、まだ頬ずりしていない!!

(して・・・・・・大丈夫・・・・かな?)

少しだけ体から総士を離し、落ちないように両手で持ち直し、見つめる。

「・・・・・・大丈夫だよな」

怒鳴れるくらい元気なのだし・・・・・と理屈をつける。

そしてこれを、すんだ後の言い訳にしようと思った。



*** *** *** ***



 「う、うわっ!今度は何をっ・・・・・一騎っっ」

離されたと思ったら、急に持ち上げられる。

そのままザインの頬(?)に押し当てられた。

「えっあっな・・・・・何?」

人に抱かれた小動物並に、何をされているのかわからない。

瞬間的に恐怖を感じ、両手を突っ張るが、努力もむなしく密着状態に置かれる。

「っ・・・・っ・・・一騎っっ」

普段とは規模が違うのだから、これが一騎からの愛情表現ほおずりとわかろうはずが無い。

よもやそのまま手を放される・・・・・・なんてことはないだろうが

「か、一騎 こわ・・・・・・」

怖いと叫ぼうとしてやめた。

そんな屈辱的な叫びを上げてなるものかという思いもあるが、それ以上に

怖いというよりこれは・・・・・・・。

抑えつけられすぎて、胸が潰されるっ!

「いっ痛い!!」

 突然上がった叫びに一騎も驚いた。

驚いて反射的に総士を頬から放したけれど、一騎であるだけに、その速度たるや総士が完全にビビリきるに十分。

大体、最初から恐怖を感じていたかと言われればそうなわけで

・・・・・・込み上げてきたものをぐっと堪え、唇をかみ締めてザインを睨む。

そんなことやっても余計ザインを萌させるだけだというに。

(可愛いv)

そんな仕草をされて、思わず総士を握っていたザインの手に力が入った。

同時に総士が突っ伏すが、それすら一騎の胸をときめかせる一因となる。

 やがて、ゆるゆると顔を上げた時の総士の顔の赤さといったら、一騎が待ち望んでいたソレだった。

いつ泣くか、いつ泣くかとじぃ〜〜と観察する。

けれど

「えっあっ総士やめっっ」

上がったのは悶え声でなく、焦燥にかられた叫びだった。

何を考えたのか総士はザインを睨んだまま拳を振り上げた。

同時に総士が思ったことをなんとなくわかり、一騎は届くことの無い静止の声を上げた。

コクピットブロックから叫んだところでどうしようもない。

声もむなしく、総士の手は下ろされてしまった。

  

 一騎にとっては蚊ほどの感覚。

総士にとっては・・・・・・

「総士っ総士っ大丈夫か?!!手、折れなかったか?!!」

掴んでくるザインの手を力いっぱい殴った総士がその手をおさえ、顔を伏せたまま動かなくなってしまって。

こんな事態は全く予想していなかった一騎が一人慌てる。

総士を握っていた手をそっと広げると、総士はそのまま転がって・・・・・・。

高揚していた気分が一気に下がった。

不安で全身が熱くなり、変な汗が背を伝った。

しでかしてしまったことの大きさが気持ちが悪い。

こんなつもりじゃなかった。

ただの遊びのつもりで、ちょっとした悪戯で終わるはずで、この後は怒られたとしても、二三日口をきいてもらえない

程度のことのはずで・・・・・・。

総士を、まだ手に持っているということに、急に恐怖を感じた。

まばたきばかりを大きくして、息はいくら吸っても吸い足りず、一気に気分が暗転した中総士を降ろす。

目を傷つけてしまった時からの想いが、いつの間にか薄らいでいたことに気づかされた。

ほんの少し話をして、何度か総士からも話しかけて貰えて、隣を歩いただけで全てを許されたつもりになっていて。

(何が・・・・・・だ)

いつからそんな自由の身になれたつもりでいたのだろう。

そんな自分は、総士からどう、見られていただろう。

たとえ許しの言葉が与えられていたのだとしても、忘れてよいことにはならない。

 降ろした総士の周りにスタッフが駆けつけていくのが、ファフナーとの接続が外れる前に、一瞬だけ見えた。




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