11、マウントポジション



ファフナーから降りた一騎が近づくと、スタッフは簡単に総士までの道を開けた。

何を言われるかと真っ青であったのに、迎えてくれたのは総士の笑みだった。

恐る恐る踏み出す一歩ごとに心臓が千切れそうになったのに、足は自然と総士の居る場所へと

引き寄せられた。

床に直接腰を下ろしている総士の傍に、裁かれるためにひざまずく。

「驚いた。こういうのはやめてくれ」

なのに、総士から発せられた言葉には、その手の類は全く込められていなかった。

顔色を伺っても、笑顔は何も示してくれない。

若干赤く染まっているのもさっきの暴力のときのもので、今の感情のものではない。

「もう大丈夫だ」

その上、そんな風にまで先に言われてしまって、謝る権利を奪われる。

言いたかったのに、封じられてしまった。

 目の前で総士が立ち上がり、こちらは膝をついたまま、総士を振り仰ぐ。

断罪されたい、と強く願う。

それなのに総士は、ブルグスタッフへの対応に夢中になって、こちらを見向きもしない。

それどころか、我慢させるだけ我慢させておいて、自分はそのままどこかに行こうとした。

「待っ」

叫び声を上げると、総士は立ち止まって振り返る。

途端に足がすくんでしまって、中途半端な体勢のまま体が動かなくなった。

そんな状態を、総士はどう見てとったのか。

「まだ何かあるならバーンツヴェックで聞こう。・・・・・・会議まで、あと10分ないんだ」

それだけ言って、先に歩き出した。

そうすると、足が勝手に総士を追いかけて、着替えもせずに輸送機に乗り込んでしまった。

乗り込むと同時に扉が閉まって、総士があきれたようにこちらを見ていた。

 総士はさっさと座ってしまったけれど、自分には、これ以上総士に近寄れる資格なんてない

と思った。

それでも、総士に転ぶから座れと手招きされれば体は喜び上がって総士の隣に座る。

このときも、先に口を開いたのは総士だった。

「羽佐間先生に聞いたぞ?」

落ち着いた途端の奇襲に、動揺して腰が半分浮く。

けれど立てば、総士に絶対背を向けられない自分は総士と向かい合うほかなく、それよりはマシ

だと座りなおす。

そんな一瞬の思いを知ってか知らないでか、総士は先を続けてきた。

「ファフナーに乗れば感情に変化が見られることは周知の事実だ。気にしすぎるな」

「・・・・・・ごめん」

「幸い体の何処にも異常は見られない。安心しろ」

「そうなのか?・・・・指・・・・も?」

「そうだ」

「・・・・・・ごめん」

 事故前と変わらない雰囲気で接してくる総士に、申し訳なさが倍増する。

視線を下げていたら、もう何も話せなくなってしまった。

何を言ったら、総士が嘘でないことを返してくれるのかわからない。

(あと・・・・・・一分くらいかな)

普段乗りなれた感覚で、なんとなく、あともう少しで着くと思う。

惜しいと思った。

全力で後悔していたはずなのに、どこかで喜びも感じていた。

自分のあさましさに、目をきつくつぶる。

 突然総士が立ち上がった。

バーンツヴェックはまだ止まっていない。

「総士?」

現実に引き戻されたはずみに声をかければ、しれっと返された。

「もう着くだろう?」

確かに、もう着く。

着けば、総士じゃ早足で去ってしまうだろう。

急いでいるのだから。

「走れるのか?」

「走らなければ、間に合わないだろう?」

だから先にスタートラインについたというわけか。

(でも・・・・・・)

そんな姿勢を見せられてしまえば言い辛い。

「その、ブレーキが・・・・」

「なんだ」

総士に反応されて、途中まで動いた口が鉛になってしまった。

「えっと」

どもると、目で続きを促される。

総士から命令が下された瞬間だった。

開放された。

「ブレーキが強くて・・・危ないっ!!」

その行動は、随分前から予想していた。

だから、慣性の法則にのっとって総士の体が吹っ飛びきる前に、体は前に出ていたし、

総士の腕にも、手が届いていた。

まがりにも総士はれっきとした男

人の自分がどんなに全力を込めたところで何かがひしゃげるわけなかった。

そのまま腕を引けば総士の体がついてくるはずだった。

けれどただ一点。

”相手に余裕があれば動く”

それだけ忘れていた。

支えた腕が、総士の逆の腕につかまれ引き寄せられた。

途端に全身の筋力が試される。

命令に殉じて腹筋や背筋が大きく震えた・・・・のも一瞬。

すっと力が抜けた。



*** *** *** *** **** ***



明らかに、総士を支えるのには無理がありすぎた。

春の健康診断のときに総士はいなかったけれど、背も体重も総士の方が上だと確信する。

 一騎が総士を下敷きにしたまま、バーンツヴェックは止まった。

指の痺れが伝えてくる。

多分、とんでもないことをした。

今日、二回も。

さらに気味の悪いことに、今はファフナーに乗っていなかった。

だから全てが

このとんでもないことをしでかしてしまったのは、正真正銘自分自身だと告げてきた。

「総・・・士・・・、ごめん、大丈夫か?」

総士を下で二人同時に転んだときに、手先だけは総士の頭に滑り込ませることに成功したので

総士の頭は庇えたけれど、体はみすみす打ちつけさせてしまった。

すぐに消えてしまったけれど、そのときの総士はあからさまに顔をしかめた。

・・・・・・相当痛かったんだと思う。

不安が胸の中で嵩を増す。

横たわる総士にまたがったままの体勢で動けなくなった。

総士がふしんがる、十分な理由を与えてしまった。

「一騎?お前もどこか痛めたのか?」

傷つけたはずの総士に、逆にいたわられてしまう。

どうしていいのかがわからない。

 体が動かなかった。

総士の許しが無ければ動けなかった。

今の総士が、そっと触れてくるから悪い。

「総士、触らないで」

総士を下に、囁く。

声を上げれば、嗚咽交じりになってしまうと知っていた。

言うと、すぐに総士の手が離れた。

 黙っていようと思った。

ずっと思っていたことも、考え付いてしまったことも、今黙っていれば絶対に総士に伝わることはない。

そのほうが、この先上手くいくと思った。

聡い総士が、今は便利だった。

今回も無駄に気づいたようで、一度はっきりと見上げてきた。

けれど目を逸らす。

躊躇だった。

とてつもなく、ありがたかった。

悲しかったのは次。

「平気だからな?・・・・・・」

念を押すように一言だけ。

そして、立とうとして、下で少しもがいた。

動くのに合わせて、総士を包んだ制服がスーツの上から体を撫で上げてくる。

バーンツヴェックの扉が開いて、総士が立ち上がりかけて

腕の中から総士が離れていこうとした。

 それがきっかけだった。

前触れなく全体重を立ち上がろうと体を浮かせた総士にかける。

うつ伏せた状態で総士が潰れた。

こうして上から押さえ込めば、総士はうごけない。

顔を見られる心配を、しなくていい。

そのまま総士に縋りついて、耳元に口を寄せた。

かたまりすぎた想いが、声をひっくり返らせた。

「ごめ・・・ん、守ろ・・・とした」

指が痺れる。庇ったときに、総士の下敷きになったせいだ。

「・・・・・守って貰ったよ」

くぐもった声が下からあがる。

骨が軋むくらい全力で総士を抑えた。

「・・・・総士の脳・・・・」

突き放されるのをわかっていたからもっと力を込めて総士にしがみつく。

絶対に、総士が動けないように上からのしかかった。

「総・・・士・・・、だめになった・・ら、システム・・・・使えな・・・って思・」

「・・・・・・」

「そ・・・だけ・・・思っ・・・」

「・・・・・・」

「ご・・・めん、・・・ごめ・・・」

「・・・・・・」

「総士・・・好き・・・なのに」

 今日初めて、総士からの返事が無かった。

動きもなかった。

それに気づいて、片言すらいえない。

怖くて怖くて総士を放せない。

音を立てて、制服の上に涙が落ちた。

上着の生地が良くて、涙はすぐにしみていかない。

背に、顔を押し付けて泣いた。

やっと言えたことで楽になって。

”行かないで ”と伝えたくて。

 バーンツヴェックから、総士だけが降りた。

一騎は、床に突っ伏したまま動かなかった。







たいへんなことは指を犠牲に総士を助けてしまったこと。

自分の悪戯で、総士の指をダメにしてしまったかもしれなかったこと。

そんな風に思ってしまって

顔すら見せられない。





  END



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