一番好きなもの 上



 今年からの誕生日は、皆で面白いことをしていこう。というのが誰かの提案だった。

誕生日の主役が嬉しいのはもちろん、用意するほうも楽しくて、思い出になるものを。

 今日は一騎誕生日で、放課後夕日が射す頃に、ファフナーパイロットだけが相談するために集まったのだ。

 「けど、一騎はちょっと変なところがあるからさぁ」

教室の机に、身を投げ出した剣司がぼやく。

今しがた、広い遠見家を使ってのパーティーをしようと決め、役割分担まで終えたばかりであったのに

せっかくの決定を覆す言葉を発した剣司に、達成感に酔っていた咲良、真矢の視線が突き刺さった。

「剣司!今更何言って・・・・・・」

「だぁってさあ、一騎、人と騒ぐのあんま好きじゃないだろ?本人が嬉しくないのって、祝うのと違くねぇ?」

確かに、もっともな意見でもあった。

「あ、そうかも」

「ちょっ衛!あんたまで変なこと言わないでよ」

「それにさ、プレゼントが『鍋』っておかしくねぇ?」

剣司は、いつ投げても構いませんよと投げやりな口調。

けれど、衝撃がいつ来るかと背中を強張らせていたわりに待っていたものはいつまでたっても来なかった。

妙な汗をかきつつ顔を上げれば。

「じゃあどうすんのさ」

目の前に覗き込んできた咲良の顔があり、目を背けた。

「一番喜ぶだろうって今まで話してて決めたんだ。ほかに何が・・・・・・」

途中までは剣司に向けた言葉であったのに、切り替わって他の連中に声が向けられてしまう。

その瞬間感じた物足りなさを気づかれないよう、剣司はもう一度顔を伏せる・・・・。

途端に思いついた。

勢い良く顔をあげすぎたせいで机が音を立てて揺れた。

「総士とか!!」

元気の良過ぎる叫び声に、その場に居た全員の思考が一瞬止まった。

やっぱりその案はちょっとズレているようにも思えたから、互いの反応をうかがったのだ。

けれどどうやら、思いついたヤツだけの頭が狂ってるというわけではなくて、皆が心の中で納得したらしい

様子だった。

”それだ!!”

 剣司の叫びを聞いた瞬間、それぞれの頭の中に、満面の笑みを浮かべた一騎の姿が思い浮かんだのは確かだった。

けれどどうやって実行するかの一点において、しり込みしてしまうのもまた事実だった。

プレゼント本人が、笑顔で承諾してくれるビジョンが全く思い浮かばないのだ。

けれど、ここまで皆が一致団結してしまえば、なんでも可能な気もしてくる。

口にしたのは咲良だった。

「総士をプレゼントもしたら、他の何より一騎は喜ぶだろうし・・・・・・総士を捕まえるのは、あたし達が

楽しいだろうしね」

嘘。一致団結は嘘。誰も捕まえてとまでは思っていなかった。

「「「「「 つかまえんの!!!!」」」」」

統一されていたはずなのに、咲良以外の大声が上がる。

自分だけ深くまで妄想していたようなのにうろたえた咲良、多少どもった。

「え、だ、だってパーティーにすら来ないっていったヤツだぞ?捕まえる位しなきゃ駄目だろ」

全員に、

ぐったりとしたプレゼントが、息も絶え絶えに承諾してくれるビジョンが浮かび上がった。



**** *** **** *** ****



 総士は今日最後の会議を終え、あとは自室で今の会議の決にそったデータをまとめるだけと、ほっとした

面持ちで廊下を一人歩いていた。

ところが急に不穏な空気を背後に感じ、当然の反応として振り返ると、そこには跳びかかる寸前で動きを止めた

衛が引きつった表情を浮かべていた。

「何をしてるんだ・・・・・・と聞いたほうがいいのか?」

自分の声に、可哀相な程の反応を見せた衛。放っておいてやった方が良かったかと、若干気に病んだ。

硬直してしまった衛をとりあえず解凍するために、とりあえず微笑んでみる。

 

*** *** *** *** *** ***



そんな総士の様子に、さらに奥の角の影から伺っていた咲良が舌打ちする。

「だからその顔は一騎に見せろっての」

総士からは片時も目を放さず言い捨て、手だけで背後に立つカノンに合図を送った。

《行けっ》



*** *** *** *** *** ***



 いくら微笑んでも動かない衛に、これ以上は頬がつると、総士は真顔に戻る。

「それじゃあ僕は行くからな」

止まったままピクリともしない衛に不気味さを覚え、様子を伺いつつ後ずさりする。

衛がさらに固まった理由が、総士に正面から微笑まれたせいで脳が完全に停止したとはこれっぽっちも思わずに。

総士が去った後、まだ動かない衛のもとに、咲良、真矢が駆けつける。

「馬鹿っ何悩殺されてんの!!」

「いやだって咲良も見ればわかるよ、すんごいから」

「・・・・ふぇろもん?」

「ん、そんなかんじ」

遠見真矢の抽象的な比喩にガクガク頷く衛。

ため息をつく咲良に、真矢は言う。

「じゃ、あたしは作戦通り、お姉ちゃんのトコに行くねっ」

それから、衛を一瞬振り返った。

「とりあえず、あの顔見たのを一騎君に見られてたら、小楯君、一騎君にぶっ殺されてたね!」

頷くかわりに、手を振るしかない衛だった・・・・・・。



*** *** *** *** *** ***



 不気味なものを見た・・・と、内心くびを捻りながら、総士が足を進めていると、エスカレーターの尽きるところに、

両腕を広げ、大の字に立つカノンの姿が目に入った。

こんな恥ずかしい格好をさせておいて、止まってやらないのも哀れ。

「・・・・・・なんだ?」

「いや、その・・・・・・」

「その?」

「いや・・・・・・なんて言えばいいのか・・・・・・わからない・・・・・・が、命令があった。・・・・とにかく」

意を決したらしいカノンが、総士の顔面を直視する。

そして広げていた手の一本を、いきなり総士の前に突き出した。

手には、ピンクのリボン。

「ブリーフィングの結果、リボンの色はピンクに決まった。真矢によると、これが総士の色だそうだ。髪は一度解いて

結ぶ位置は変えないで二つに分ける。ツインテールもどきだ。そして、手を後ろに縛ったほうが一騎が元気になると、

剣司が言った」

「は?」

「たくさん・・・・・考えた。男がツインテールはどうかとか、いっそ猫科動物の耳をつけたらどうかとか、何が

一騎が喜ぶかと・・・・。答えは、これしかなかった!!!」

総士はカノンにいつの間にか手をとられていて、そこは気づいたときにはリボンで縛られていた。

戦場での捕虜確保の訓練が、まさに今有効活用されたわけだ。

縛られた傍からグルグル巻きにされた手首のピンク色に、総士の顔色は青ざめた。

 次の瞬間カノンは突き飛ばされていた。

転びかけながらも、カノンは叫ぶことを忘れなかった。

「逃げたぞ!!」

そして、ダッシュで逃げ去った総士を、跳ね起きて追う。





 ともかく、カノンの叫び声で、さらに追っ手がかかったことがわかった。

捕まるか否か、もちろん優先すべきは今日の残りの仕事を終えることと今夜の安眠だ。

もう一点、電話をしなければならない用もあった。

カノンが声を上げたということは、他の追手はカノンの声の届く範囲で待ち伏せている。

そう判断し、たかだか数ヶ月アルヴィスをうろついただけの人間にはわからないルートをとることにした。

走りながら、口でリボンを解こうとするが、そこは流石にカノンは元軍人のプロなわけで、簡単に解けないどころか

さらに結び目がきつくなる仕組みになっていた。

あと少しでも逃げるのが遅れれば、全身にこれをやられていたかと思うとゾッとする。

カノンがバカ・・・・・いや、素直にしゃべってくれてよかった。

 リボンをあきらめ、ふと顔を上げたとき、目の前にさらに立ちはだかる人間がいた。

足が止まる。

「咲・・・・・・良っ」

おもわず声がひっくり返ってしまった。

両手の自由がきかない今、投げられてしまったら完璧アウトだ。

というか

(どうしてこのルートを知っているんだ)

咲良を前に、じりじりと後ずさる。

野生の熊を目の前にしたときと同じように、決して視線はそらさず、一歩ずつ。

その時だった。

前の咲良ばかりに気をとられていた。

追いつきかかっていた剣司にまるで気づけなかった。

「総士ぃぃっ!おとなしくプレゼントになれぇ!!」

剣司のポーズは最初に現れた衛のポーズと同じだった。

カノンの時とは違い、死に物狂いで剣司を突き飛ばす。

剣司に捕まり、カノンに追いつかれ、咲良に投げられればもう助からない。

男ツインテールの運命だ。

倒れた剣司を踏み越えて走った。

(僕のIDでしか許可されないルートを取れば問題ない。・・・・・誰も追ってこれない)

最後の会議を終えた後の体力で、自室に戻るまで走り続けられる自信は無かった。

とにかく、そういう類のゲートをくぐり、通常のアルヴィス勤めでは入れない廊下に転がり込んだ。

足を止め、大きく息をついたその時だった。

”IDロックシステムを、ただいまから約五分の間、一時的に解除します。”

・・・・・・遠見弓子のアナウンスが、天井から響いた。



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