一番すきなもの 下
(ああそうだ、あの人はああいう人だ、いつも僕の邪魔を・・・・・・)
おかげで満足に休むことも出来ず、すぐに追いつかれるだろう追っ手を恐れ、すぐに立つ。
立ったときに膝の骨が鳴ったけれど、捕まってからされることを思えば、それがどうだというのだ。
(彼女は・・・・・CDCか。遠見真矢もそこにいるな)
まさか、いい年をした彼女までが絡んでいるとは思わなかったのはこちらのミスか。
けれどこれでは、ID管理通路どころか、こちらの現在位置も、他のパイロット達に伝えられていると見て
間違いない。
自室までの残りの距離を、追いつかれないよう走りきるしか、道は無かった。
(しかし この距離なら・・・・・・・)
少し先にある扉の向こうは居住区だ。
この直線距離さえ走りきれば・・・・・・・。
「総士〜!!」
ラストスパートをかけて走り出した瞬間に、五人分の絶叫が、真後ろから迫った。
それをきっかけに、総士の必死の疾走が始まる。
まず、遠見を剣司と咲良が追い抜いた。
その分だけ総士との距離が縮まった。
その二人に、カノンが追いついた。
「総士が部屋のコードを解除する間においつける!!」
「ドアしまる前に足先ドアに挟めよ!!」
普段、訓練に訓練に訓練を重ねているチームと、普段デスクワークに運動不足に貧血気味な栄養失調の人間だと、
こういたところに如実に差が出る。勝ったと・・・・・・ファフナーチームは思い始めた。
”ダメよ!!皆城君はやれば出来る子なんだから!!”
油断しかけた追跡者に、弓子のアナウンスが発破をかける。
総士がさらに速度をあげたことは、言うまでもない。
こんなことにCDCのデータをつかっておいて、言い訳はきっと
《面白そうだったからv》
だ。
(そしてパイロットの親達も自分の子供のことになれば甘甘だ畜生)
自分が最初に狙ってやったことだから良くわかる。
息を止めて、大汗かいて、ラストスパートで。
追手からの距離は余裕であると思われた。
(間に合うっ!!)
自室のロックを解除しようと、手を伸ばした瞬間だった。
「危ない!!」
背後からの声に反射的に手を引いた。
手を引いたばかりのその場所に、閉鎖ブロックの壁が天井から出現する。
敵からの攻撃被害を抑えるためのもので誤作動などありえないはずなのに・・・・・・。
このパターンは。
どこかで見た。
最近だ。
そうだ、乙姫が目覚めたときの、最初の戦闘だ。
総士が頭を壁に押し付け呪詛の十字をきったとき、弓子とは別のアナウンスが入った。
”総士だからだよ?ほかの人にはしないよ?”
「っったりまえだっ!!」
怒りのやり場がみつからず、降りてきたばかりの壁を思い切り蹴った。
そしてそのすぐ後に、追っ手においつかれ、のしかかられ、潰され、一気に縛り上げられた。
*** *** *** *** ***
夕食の食器洗いを終え、自室に戻ろうと一騎が階段に足をかけたとき、ガラス戸を割るような
勢いのノックがあった。
無視するなということだろう。
時間が時間でもあるし、知人の可能性も大ということで、洗い物を終えたあとの手をシャツで
拭きつつ、引き戸に手をかけた。
「どちらさ・・・・・・・」
一騎が最後まで言い終わる前に爆発したクラッカー。
数と位置的に、鳴るというより爆発だった。
酷いのは一騎の鼻先で爆発したヤツで、一騎の顔のせいで少しも広がることの無かった紙テープ
が、そのままのほぼ丸まった塊のまま床に落ちる。
「人の顔に向けるなってかいてあるだろっ」
身近な誰かのまねをして冷静さを取り繕うも、それ以上に覇気を持った集団の雄たけびに圧倒された。
「誕生日おめでとう一騎!!」
そしてもう一度クラッカー。
何か微妙な達成感が、外の連中のテンションを最大にまであげているということなど、一騎は知る
よしもない。
ちゃんと掃除しろっという父の声が奥から聞こえた気がした。
「・・・・・・ありがとう」
土間からの明かりのおかげで一騎から祝ってくれている人間の顔は余すと来なくよく見えて。
赤くなった一騎の顔色は、外の連中からは都合よ逆光でよく見えなかった。
「えと・・・・・・上がってくか?」
冷蔵庫の残りで軽食ぐらいは作れたはずだと頭をめぐらしていると、それを口にした瞬間全員が断った。
「いいよ、来るの遅くなったのこっちだし」
「プレゼントがなかなかセットできなくてさぁ〜」
「ちゃんと味わうんだよ〜一騎」
「頑張って飾ったからね、一騎君が喜ぶと思って」
ヒラヒラと手を振咲良、衛、真矢が道を空け、できた隙間から剣司、カノンに突き飛ばされるようにして
ミノムシが一騎につっこんできた。
モノが何かを確認する前に、次のものが眼前に突き出される。
クラッカーといいコレといい、一騎がすんでのところで顔を逸らしているからいいものの、
ほかの人間だったら流血ものだ。
「ほら、新しい鍋・・・・・・とクレンザー」
「あ、ありがとう」
「じゃあな、大事に使えよ〜」
「ハッピーバースデー!!」
・・・・・・嵐のようだった。
止める間もなく駆け去られてしまって、家の明かりが誰もいなくなった道を、やけに明るく照らしていた。
大騒ぎがなくなってしまった分、驚きしかなかったはずの今終わったばかりの時間が惜しくなった。
照らされた道の中央に、一騎自身の足元から伸びた奇妙な影。
一気に渡されたプレゼント、その一つが馬鹿デカイせいだ。
そのプレゼントが、動いた気がしてそちらに目をやった。
瞬間、一騎は鍋とクレンザーを取り落とした。
そして何よりも優先させて、足先までピンクのリボンを巻かれ、猿ぐつわの代理でリボンを咬まされたプレゼント
を抱きしめる。
満面の笑みで。
「なんで総士がっっ?」
暗闇になりを潜めていた仲間達が、大きくガッツポーズをしあったことなど、一騎は知らない。
総士の猿ぐつわを解いて、一番自由を奪っていた手の部分のリボンをはさみで切った。
「僕、が、プレゼントらしい」
不機嫌極まりない発音で、総士は不満を暗に伝える。
・・・・・・一騎は聞いちゃいなかった。
「凄く・・・・凄く嬉しいよっ総士っ・・・・・・・」
「そうか、良かったな、遠見たちに感謝するといい」
「総士・・・・・・」
総士の胸にリボンの上から顔を押し付け、大きく息をつく一騎。
あきらめた総士が天井を睨む。
なおもそのまま一騎は総士の名をよび、よばれるうちに、総士の表情はゆるんでいった。
「・・・・・・おめでとう」
天井を見つめながら総士は言い、一騎は、総士に顔をうずめながら聞いた。
総士の言葉に対する返事の代わりに、何度も何度も頷いていた。
「・・・・・その、一度離れてもらっても良いか?リボンから脱出したい」
総士は遠慮がちに訊ねたが、許可されるものだと思っていた。
ところが、一騎は認めようとしない。
いっこうに首を縦に振らないことに、どうしたのかと思えば急に顔をあげ、こちらの目を覗き込んできた。
「総士、・・・・俺のプレゼントなんだよな?」
”そうらしい”それが答えるべき正答のはずだった。
けれどあの逆光のなか、一騎の顔を染めてまで喜んでいる気配を感じてしまったから、あえて、
そんな返事は飲んだ。
「・・・・・・そうだ」
言った瞬間、
「じゃあリボンっ俺に解かせてくれ!!」
あまりに真剣に言ってくるものだから、ついついその目に負けて、肩をすくませた。
「開けても?」
「いいよ、一騎」
*** *** *** *** ***
しばらくの間は夢中になって総士をほどいていた一騎であったのに、途中でふと、手を止めた。
そして何を思ったのか、笑いながら言う。
「今日俺の誕生日だって忘れてたろ」
自分だって忘れていて、起きがけにあの父親に言われて度肝を抜かれたと、続けた。
多分それは、冗談にもほどがある言葉だった。
だから総士は、一騎に身を任せながらも、すぐにも言い返す。
「まさか。・・・・・・会うのがどうしても無理だとわかったから、電話くらいするつもりだった」
一騎の。
口にしてしまってから、少し後悔した冗談。
忘れていたと答えられたらどうしようかと不安になった。
けれど、僅かにでも疑ったことに、あの総士本人が怒ってくれたことが嬉しくて、
一騎はまた、己の腕力も忘れて総士を抱きしめてしまったのだ。
END
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