介入1
仮想ミッション。
対トリニティ戦を考慮。
さらに、三国家群の軍事同盟締結により生まれた、ガンダムに匹敵する新兵器GN−Xに、
『各ガンダムが鹵獲され実用化された場合』を考慮した、訓練。
その最中。
月の裏に向かう浅緑色の髪のイノベイターがそっと嗤った。
***** ***** *****
「エクシア……」
ガンダムヴァーチェの前に立ちはだかる青色の機体。
このガンダムがどれ程爆発的な速度を出すかは、もはや肌に染み付くように理解している。
ファーストフェイズは単に機体の予測性能より導き出されたエクシアとの対戦。
30分を少し越えた辺りで墜とす。慣れきった行動。
セカンドフェイズ。
搭乗者データ、「刹那・F・セイエイ」。
何よりもまず距離を取る。
完璧となったエクシアと正面から戦うつもりはない。
勝てる筈も無い。
ただ刹那の軌道を予測し、進路を阻むようにして撃ち続けた。
彼との戦いは、どれだけ彼の動きを読めるかで決まると、いつの間にか確信していた。
『単純な行動しか取れない馬鹿』
ではエクシアは扱えない。
そもそも、ガンダムという兵器に搭乗できない。
敵の位置、各砲口の向き、気流、気圧、太陽光線、宇宙では漂流物の位置、向かってくる速度、敵の軌道。
瞬時に変化するそれらを正確に把握し、その上でベストな操縦。より効率の良い攻撃を行う。
ガンダムの機動性に耐えきり、誰よりも頭を働かせ、立ち向かう。
それが、マイスターと呼ばれる所以。
そのマイスターと戦うことは、最短で、あらゆる敵の対応以上の戦闘を網羅できるということに繋がる。
互いの戦術を読み合う訓練。
エクシアにおいて、最高の操縦を行う刹那と対峙する。
せめて訓練の中では、彼に勝たなくてはならなかった。
エクシアはその性質上、攻撃の最終段階では突撃に専念する。
あるいは敵との距離を詰める時、エクシアは無謀とも思えるほど直線を突き進まざるを得ない。
その進路をビームで阻んでいけば、急な旋回や軌道調整で発生したGや集中力の欠如でパイロットは疲弊し、
やがては機体の操縦すら危うくなる……というのが、一対一での戦闘において暴力的なまでに強力なエクシアの、唯一の弱点である。
しかしそれも、本物の刹那・F・セイエイが搭乗していた場合のみだ。
今は、ヴェーダによるシミュレーション。
ただのデータ。パイロットは疲れを知らない。
ただひたすら、刹那ならどう考えるか……それだけを思いGNバズーカの砲口を向けた。
(52分……)
ヴェーダ自体も着実に刹那のデータを収集しているようで、シミュレーションの度にエクシアは強くなり、苦戦した。
撃墜したエクシアが、ヴァーチェの目前で停止、煙を上げている。
一瞬遅ければ、今も尚エクシアの右手が固く握りしめているダガーがヴァーチェに致命的な損傷を与えていただろう。
もしかしたら、その一撃はコックピットを直撃していたかもしれない。
バイザーを上げる。
額に浮いた汗が流れる。
汗をやり過ごそうと目を閉じた瞬間に、プログラムへの介入があったことなど気付きようがない。
「そんなこと」は、有り得るはずが無いのだから。
目を開く。
未だ、シミュレーションプログラムが解除されていないことを疑問に思う。
相変わらずの仮想空間。
目前で、エクシアが煙を上げている。
(なんだ……?)
これまでの訓練では無かった現象。
いつもであれば自動でプログラムが終了し、電源の落ちたコックピットの中で訓練の結果を眺めている筈だった。
「フェイズが追加されたのか?」
ありえない。
そもそも呼び出してはいない。
「どこか変化が……」
周囲を見回す。
増援の気配も無い。
レーダーに何も映らない。
ハッチを開く。
仮想空間は、解除されない。
「エクシア……」
エクシアも、沈黙している。
相変わらずの煙。
他の変化を探そうとして、一番の変化を素通りしたことに気付いた。
「ガンダムエクシア」のハッチが、「開いて」いる。
「なっ」
パネルを操作し、エクシアのコックピット内を拡大。
無人。
半壊したコックピットはあちこちがショート。完全な再起不能状態。
その時。
ティエリアの上に影が落ちた。
「なん……」
顔を上げる。
影の正体を見つめる。
『刹那・F・セイエイ』。
外からの光が眩しすぎて、表情がよくわからない。
ただ、見つめられているのがわかる。
恐ろしいほど、淡々とした表情で。
「どうした、刹那・F・セイエイ……」
このプログラムをどうしていいものかわからず、ひとまず声をかける。
敵対していた刹那・F・セイエイが、隙をついてこちらに乗り込んできた。
それで?
何が起こる?
刹那がコックピットの中に乗り込んでくる。
様子を伺う。
眩しい光。
目を細める。
光が。
空の光ではないことを知る。
それは。
その光は。
刹那の手に握られた。
ナイフ。
「刹那!!」
恐ろしいほど静かな表情を浮かべた刹那。
咄嗟に手をシートの脇に回す。
理解した。
プログラムの意味。
敵対していた刹那・F・セイエイが、隙をついてこちらに乗り込んできた?
(違う!!)
敵対していた敵のパイロットが、隙をついてこちらのコックピットに乗り込んできたのだ。
何よりも簡単にガンダムを止める術。
「ガンダムの中身」を「直接殺しに」。
「ヴェーダ!シミュレーションは中止だ!!」
入り込んできた刹那に銃口を向け、咄嗟に叫んでいた。
撃てない。
撃ってはいけない。
刹那・F・セイエイは、敵対する者ではなく、共に戦う仲間だ。
この「プログラム」は全く意味をなさない。
「やめてくれ!!」
震えが止まらなかった。
『突然』のことに対処できない。
こちらの引き金が引かれるか伺う刹那の目。
殺し慣れた人間の瞳。
撃たれたかのような衝撃。
自分が刹那に殺される事実。
刹那を赦したロックオンの姿。
共に完璧なフォーメーションでトリニティを追い散らした刹那。
その、エクシアの姿。
マイスターとして。
ソレスタルビーイングとして。
紛争根絶の為に戦い続けた刹那を……。
ナイフが翳される。
一閃。
振り下ろされる。
目を見開く。
息を止め。
―― 撃った。
銃声。
一発、二発。
一発目は刹那の肩を。
二発目は刹那の腹を
仰け反った刹那が尚もコックピットの端に手をかけ、持ち直し、ティエリアに刃を向ける。
(ああ……ヴェーダ……)
神に祈るような気持で、その眉間を撃ち抜いた。
落下。
落ちていく刹那。
荒い呼吸。
一転する風景。
シミュレーションの終了。
灰色のコックピット。
飛散したはずの刹那の血が跡形も無く消える。
息を止め
目を瞑る。
頭を振る。
最後の刹那の表情を、払い落とす。
モニターに表示。
「今のが失敗?」
顔を覆う。
この訓練だけは、二度と選択しまいと誓う。
「では何をさせたかった……」
気分が悪い。
猛烈な吐き気。
この、仲間同士一つにならねばならないときにこのようなシミュレーションをするなど……。
シートに寄りかかる。
ぼんやりと。
脱力する。
報告も結果に対する反省も……何もする気になれなかった。
青い空のした散っていった鮮やかな赤。
目に焼きついてはなれない。
2へ続く。