フェストゥム
「それで君は満足なのか?」
信じられない・・・・・・といった面持ちで、自分が人の椅子に勝手に座る。
「謙虚というより、虚無に近いな。本当に」
さも呆れ果てた・・・・・・という表情。
俳優のように演じる姿は、こちらが感嘆するほど完璧だった。
(僕は、こんな風にちゃんと出来ていたのだろうか)
こうして彼の正面から見ているだけでは、演技であるとはとても思えない。
視覚からの情報にだけ頼れば、自分は確かに目の前の彼に哀しい思いをさせ、がっかりさせてしまっていた。
『何の根拠もないのに』そうさせてしまっているように思い込まされる。
「少なくとも、このことで僕が危機感を覚えたことは無い」
出来うる限りの冷ややかな声を出したつもりだったが、目の前の自分のように上手くできたようには思えなかった。
「そうなのか?」
目の前に座った、皆城総士自身に驚かれる。
決して驚いてはいないのに、驚いた表情を、する。
「呆れたな。怖がっていたんじゃなかったのか?」
「何に?」
「帰ってきた一騎の変化に」
この近距離では、瞳の奥の光まで見透かされてしまうだろう。
そう思っている時点で、もう一人の自分に隠せるものは何も残っていなかった。
「勝手に出て行って、勝手に自らの命を危険にさらし、どんな幸運か無事に戻ってきた。それなのに、ずっと真実を
見据えてきたはずの君より、一騎は余裕だな。守ってくれるそうじゃないか。それに関して、本当に何も思わない
のか?」
「思わない。一騎の帰島は、島の現状突破に役立つ」
「島の総意は聞いていない」
「僕は、思わない」
「僕は、一騎を目障りだと思う」
「僕は、思わない」
「なら君は虚無だ」
「違う」
「否定は誰にでも出来る。相手の反対を言えば良いだけだから」
「お前は何だ」
「僕か?・・・僕は」
愉快そうに笑う自分に、頭がおかしくなりそうだった。
「僕は、全てが始まる前にいた自分だ。覚えていないか?一騎が帰る前のお前でもない。独り、誰よりも先にアルヴィス
にいたお前でもない。傷つけられるずっと前の。思い当たらないか?聡明な方なんじゃないのか?僕は」
諭される。
相手が自分より圧倒的に優位な立場にいることが突き刺さった。
相手が、何かをするために誘導してきているのもわかった。
わかっていて、されるがままだった。
それが、弱いということだった。
正面の僕が、椅子から立ち上がる。
抵抗できないのをわかりきって、抱きしめてくる。
耳に囁く。
謎々の答え合わせ。
「妹がいると、教えられる前の僕だ」
打ちのめされる。
相手の結論が見えている。
絶対にそれだけは聞いてはならないのも、わかっている。
自分が抱きしめてきたのは癒す為でなく、確実に聞かせるためだ。
耳元に、顔が近づいてくる。
自分の息が首筋に当たる。
「お前が忘れていた、僕だ」
震えが止まらない。
相手の、言いたいことがわかる。
「僕は、お前が全て終らせた後に取り戻さなければならないものだ」
もし戦いが終ったら。
戦いが終る前の過去に置き去りにした、自分を取りに行かなければならない。
皆、そうするだろう。
そうすることで、皆、フェストゥムでなくなる。
そうしなければ、フェストゥムと何処も変わらない。
昔、確かにそこにいた奴を迎えに行く。
それが、戦いが終わるということだ。
でも。
「こんなにバラバラで・・・お前は虚無で。僕はお前に戻れるのか?僕は、ちゃんとお前に迎えに来て貰えるのか?
可笑しいな。お前が物凄く、僕を敵視しているのがわかるよ。僕はきっと、君に、最初から何処にもいなかったことにされる」
「お前!!」
殴るための拳が当たる直前、僕は本当に笑った。
「それじゃあ君は、戦いが終ってもフェストゥムだ」
END