巣
「掛け布団四枚かよ?!!」
素っ頓狂な声を上げた剣司の脇で、一騎は若干青ざめた顔色で頷く。
「俺の家・・・寒いんだってさ・・・」
「そりゃ密閉に近いアルヴィスに寝泊りしてれば、一騎の家は・・・そのぅ・・・そこそこは寒いだろう
?・・・」
あの冷たい窓の前にカーテンの一枚も下げていない真壁家を思うと、寒く無いとは言えない。
夜中の冷えは、家の主の体が馬鹿で無い限り深刻だろう。
そんな一般人の体も知らないで愚痴られても、剣司としては総士に同情票を入れたくなる。
でも今の話し相手は一騎なわけで、仕方なく調子だけ合わせて、促すように事実のみを伝えてみた。
「父さんの蒲団で二枚、お客さん用の蒲団で合わせて四枚でさ、総士の注文には足りたんだけど・・・・・
・やっぱりあそこまで思いっきり寒いって文句言われると、へこむなぁ・・・・・・」
「総士に「誕生日だから」って無理言って泊まって貰ったんだろ?だったら」
「そ、泊まって貰ったんだ。そしたらさぁ・・・」
急に、可愛い笑顔をふりまく一騎。
このパターンは最近体験したばかりだと、今度は剣司が青ざめた。
「総士、最初は丸くなって寝るのな。前はそんなことなかったから、アルヴィスのベッドが狭いせいでなっ
ちゃった癖だと思う。で、丸くなるのに疲れると、体伸ばして寝返る!!その時に体が蒲団からちょっと出
るから蒲団を掛けなおしてやって、またしばらく放っておくんだ。そのときにさぁ、満足そうに笑うんだよ
。無防備っていいよなぁ・・・・・」
怒涛の勢いで喋りだす一騎の勢いは、恐れていたまさにソレ。
「ま、待て待て待て一騎、お前っもしかしてっっ」
「寝言とかはなかったな。2時くらいに総士が小さいくしゃみを一回したんで慌てて俺の蒲団もかけてやっ
て・・・でも掛け布団5枚は流石に重かったらしくてさ、掛け布団を蹴るんだけど・・・」
「おーい、止まれー、俺の話を聞けー」
「寝ながら無意識で蹴ってるから、上手に蹴れてないんだよな〜。こう、狙いが外れててさ?赤ちゃんが毛
布蹴るみたいなイメージって言ったらいいかな」
「一騎〜、目を覚ませー、総士は2メートル近い大男だー」
「っっとにかく可愛くて一晩中見てても見飽きないんだっっ」
一晩中見ていたのですか。
あなたは。
少なくとも、俺は咲良にそんなことはできません。
咲良にも、そんな真似して欲しくありません。
「総士って面白い。四枚ずっと掛けてると思ったら、意外と寝相悪くてさ・・・あれ、悪いって言うんだろ
うなぁ・・・ちょっとずつ、掛けてる蒲団を自分が一番寝心地の良い位置に引っ張り上げたり蹴ったりして
組み立ててくんだ。総士を中心に一枚を枕にして一枚を足置きにして一枚を抱き枕みたいにして丸めて・・
・・・寝ながらよくあそこまでできるよなぁ・・・・・・」
そう、ほんとに良くできる。
感心してしまったせいで、一晩中ずっと見ていた。
もぞもぞ動いて、人の蒲団まで引っ張って、総士はなんか巣みたいなものを作った。
「・・・・・・寒いんですけど・・・・・・」
まさか総士にそんな寝癖がついてるなんて知らないで、隣に寝かせてしまった自分がわるいのだけれど。
蒲団は全部、総士に奪われた。
(これが小さい子だったら・・・)
小さい子なら、1枚で作れる巣でも、大きい子だと、6枚必要らしい。
器用に頭置き、腕置き、足置きを作って、器用に何枚分かをぐしゃぐしゃ組み合わせて身体に掛けている。
重くも無く、寒くもない。
枕は要らなかったのかぶっとばしている。
そんな空間を作った匠は、今は巣の中心で至極満足の笑みを浮かべて眠っていた。
寒くてすいませんでした・・・とこっちが謝りたくなるような笑顔で。
(寒・・・・・・)
外気が、窓ガラスを通り抜けて部屋の中に入り込む。
体が震え上がった。
起きているのに、寝冷えが確実な気がした。
気がつけば、総士の巣の中に潜り込んでいて・・・・・・。
(なんだこれ・・・・・)
総士の巣は、やたらと暖か。
気持ちよすぎて目を見張る。
自分の枕よりも数倍は一騎の頭にぴったりで。
枕でされない首へのフォローもしっかりしてあって。
(どの蒲団がどのへんに掛かってるんだろ・・・・)
冷たい場所がどこにもなかった。
気持ちよすぎて力が抜けて、あっという間に眠ってしまった。
朝抜け出るのが惜しかった。
「いいか、一騎、総士が総士であって、ほんのちょっとお前に関してズレてるおかげで文句の一つも出ないだけで、
誰が聞いてもお前のしてることは変だからな?ほかの奴にしたら警察呼ばれるからな?絶対他人に言っちゃだめだぞ。」
ふと、剣司の声が隣でした。
いつから一緒に歩いていたのか覚えていない。
でも、きっと総士のことを話していたんだろう。
そうだ、もっと自慢しなくちゃ。
「うん。総士は気持ちいいよ」
盛大なため息が隣であがった。
END