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ソラン


 

この身を神に捧げ 

この聖戦に参加する

神に認められ 

神に許された 

戦士となる……














 最近、帰って来ない子供が増えた。

どこかで吹き飛ばされたのか誘拐されたのか、家の手伝いに出て行ったまま二度と帰って来ない。

「家から出ては駄目よ、ソラン」

 自分の子供をみすみす吹き飛ばすわけにはいかなかった。

何度も伝えた。

何度も振り返って、部屋の中で無事な姿を確認した。

ソランはとても優しい子だったから、いつも愛らしい表情で微笑んだ後頷いた。

(優しい子)

初めてこの腕で抱いた時、今まで見た誰よりも綺麗な瞳を見た。

重さもその時の体温も全て覚えている。

この無力な子の、とても柔らかな。

(……外で遊びたいだろうに)

戦争で。

(ご飯もろくにあげられないで)

痩せてしまって。

それでも黙って、家の手伝いをしてくれる。

優しい子のままでいてくれる。

「家から出ては駄目よ、ソラン」

 その日の夕暮れ、最後に振り返ってそう伝えた。

窓の隙間から差し込んだ夕日が、可愛い子供の顔を照らしている。

ソランは夕日の差し込んだ橙の瞳を眩しそうに細め、微笑んだ。









「ソランッソランッ」

小さな呼び声。この声は知っている。息子の仲の良い友達だ。

この危ない中、銃弾を潜り抜けてこの家に来たのだ。

なんて危ない。

(撃たれなくてよかった……)

それでも、息子に会いに来た。

「ちょっとだけだ!見せたいものがあるんだ!!」

友達以外には聞かせたくないといわんばかりの張り詰めた声。小さな……けれど、すべて聞こえている。

この家はもう、穴だらけだ。

 久しぶりに家族以外と口をきくソランを想った。

振り向くのをやめ、気付かないふりをした。

今、攻撃で家の土壁が崩れてくることはない。それらで出来た穴を塞ぐ、ソランの手伝いも終ったばかりだ。

ほんの少しだけ外にでて話をするくらい。

家の前で会うくらい。

 振り返るのをやめ、声に気付かないふりをした。

やがて、愛しい子供がこちらを無器用に伺う気配がする。

約束を破ることを悪いと思ってくれる子。

約束を破ることで母親が傷つくことを恐れてくれる子。

優しい子。

 笑い出したくなるのを堪えた。やがて小さく開く扉の音。

一筋の夕日が家の中に入り込む。

痩せっぽちの子供の分だけ扉は開き、閉まる音と同時に家の中に薄暗さが戻る。

外から聞こえてくる子供達の声に耳を澄ます。

何を言っているかまでは聞こえない。

やがて。

気付く。

(……何も聞こえない?)

 いやな予感。

席を立つ。

椅子が背後に倒れる。

大きな音。

扉。

(ソランッ)

駆け寄った。

扉に。

開け放つ。

そこに誰も居ない。

「ソランッ!」

叫んだ。

誰も、いない。

どこにも。





****    *****    *****





 探せなかった。

危ないことは知っていた。探しに出ようと決めたとき、駆け出ようとしたとき、夫の太い腕で止められた。

待つことを決めた。

 やがて……。

月が高く登った頃、小さな足音。

喜び勇んで扉を開ける。

鍵を外す。

待ちわびた姿。

涙ぐむ。

安堵に崩れそうになる。

ああ神様ありがとうございます。息子を無事に帰してくださりありがとうございます。守ってくださりありがとうございます。

神様、神様、神様。

(おかえりなさいソラン……)

 手を伸ばした。

両腕で抱き締めたかった。

ソランが生まれてから一度も変わらない、あの温かさをもう一度感じるために。

(ああ、優しい子)

 聞きなれた発砲音。

乾いた高い銃声。

一瞬で消える音。

倒れる父親。

月明かりのソラン。

手元の銃。

硝煙が昇る。

暗さで伺えない表情。

倒れた父親。

窓からの月明かり。

照らされる拳銃。

黒い銃口。

まっすぐにこちらに。

ああ。

倒れそうになる。

(ソランが父親を殺したのだ)

あの優しい子が。

理解した時、名前を呼んだ。

上擦った声で。

(理由を聞かなければ)

焦っていた。

(あの優しい子が)

愛らしい笑顔。今まで見た誰よりも綺麗な瞳。

(こんなことをする筈がない)

きっと何か。

(あんな温かな子供が)

何か外であったのだ。

(だから守らなければ)

ソレ、から。

温かく包んで、大事に大事に隠さなければ。

抱き締めて、きつく、きつく、二度と放さないで。

訳を聞かなければ。

守らなければ。

大事な……

「どうしてなのソランッ」

自分に向けられた銃。本能で身がすくむ。竦んでは手を伸ばせない。

守らなければ。

ありったけの勇気で。

 







抱き締める手を伸ばした。

愛らしい笑顔。今まで見た誰よりも綺麗な瞳。夕日の差し込んだ橙の瞳。まるで宝石。

抱き締めて守ろうとした。

ソランが生まれてから一度も変わらない、あの温かさ。

愛しい笑顔。柔らかな肌。

 手を伸ばした。

震える手。

ろくに動かない手。

でもソランを捕まえなければ。

私の可愛い……。

「どうしてっ」

 





発砲音。





異物感。

痛み。

思う。

(私で良かった……)

他の誰かでなくて良かった。

涙が溢れる。

静かに、床が吸っていく。

 ソランが死ななくて良かった。

とてつもない安堵。

ソランは優しい子だから、もう誰も殺さない。

これが最後だ。

(ああ……良かった……)

復讐されることも、咎を受けることも無い。

震える手。

(私の……)

ろくに動かない手。

去っていく小さな足音。











ああどうか神様あの子の命ををお守りください。



















END