吹き飛ばされた人間へ





ただ我武者羅に。

戦って。

死んだ兄に敬意を。







 妹の買い物に付き合うのに飽きた。

何が幸せなのか両親は笑顔で妹の我儘と注文を許し(多分お祝いの日だったからだ)

兄は優しくていつも家族に付き合った。

そんな善良な真似は出来なくて、ショッピングモールを出た先の広場で遊んでいると家族に伝えた。

家族は笑って頷いて、妹への贈り物を選びに行った。

自分は広場に駆けて行った。

爽快な気分で。

そう、家族になど付き合いたくは無かったのだ。

自分の時間が奪われるなど真っ平で。

(……付き合ってられるかよ)

その頃はそんな乱暴な言葉遣いは知らなかったけれど、同じ様なことを強く思った。

広場にはたくさんの大道芸人が集っていて。

遠くから見ている分には彼等の足元の帽子にコインを入れずに見物できた。

一人でいることの楽しさに有頂天になっていた。

一人でいられる時間は何より楽しかった。

普段はいつも、兄と一緒か家族と一緒で。

(ああいう買い物の時ぐらいじゃないと、一人になれなかった)

その日は少し、肌寒かった気がする。

灰色の雲?だったか。その記憶はもしかしたら、煙の記憶が混ざったかもしれない。

とにかく、湿った日だった。

そして、

爆発があった。

そして、何もかも無くなった。



……兄は?



いつの間にかいなくなった。

そのうち、僅かばかりの仕送りが始まって、いつを境にからか、膨大な仕送りに切り替わって。

その送金を元に、一人の生活を楽しんだ。



……心が戻ってこない。



今、四年立って前より少し着心地がマシになった(らしい?)パイロットスーツというものを着こんで、兄がいたのと同じテロ組織に所属している。

何故こうなったんだかさっぱりなまま、手持ち無沙汰に兄がいつも抱えていたというA.Iロボットを放り投げてみる。

電源は切っていた。

このロボットはとてもよく喋るので。

一人の時間を満喫できない。

(俺は、一人が楽しい人間なんだ)

目を細める。

動かないハロを転がす。

ボールのようだと思う。

そう、昔アイルランドの家で、裏庭で兄弟でこのくらいの大きさのボールを投げあった。

色は確か……

(緑だったな)

目の色に合わせて……だったか、そんな基準で選んだボールだった。

失くしたと思っていたら藪の中で土ぼこりを被っているのを数年ぶりに見つけた。

拾って洗って綺麗にしたものの、置く場所が無くて藪の中に再び戻した。

学生寮にでも持って帰ったら、一人ではいられなくなるからだ。

部屋に、家族が帰って来てしまうからだ。

(そういうのは、我慢ならない)

付き合ってられるかよ。

と、思う。

そう思ったから、また雨と風に曝され放題で土も被り放題の庭に置いてきた。

宝物を隠すように。

空気も入れ直さなかったボールはへこんだままだ。





このオレンジ色のボールは新しい。色も、あの時のボールとは真逆の色だ。

藪の中に転がってしまっていても、きっと目立つ。





兄は、いつの間にかいなくなった。

それ以来ずっといなくて、ライルは一人きりの世界を楽しんで、そうしてるうちにどうやらもっと遠い場所に兄は行ってしまったらしい。

(実感ねぇよ)

オレンジのボールを転がしながら思う。

転がしているうちに、目、らしい場所を凝視していた。

手がいつの間にか止まる。

ボールを、撫でてみた。

愛嬌のある顔に見えた。

こういう顔の玩具、ニールは好きだったなと、ふと思う。

とぼけた顔に笑みが零れる。

ふざけ半分で電源を入れた。

目が点滅する。

まるで安物の玩具。

高級の証に喋る。

遮った。

「これでも、寂しいんだぜ?」

《サビシイ?サビシイ?》

転がしていたハロを拾い上げる。

「だって本当に一人なんだもんなぁ……」

目元のあたりまで、抱え上げる。

《家族!家族!フェルト!刹那!ティエリア!アレルヤ!イア……》

組織構成員の名前を連呼していくA・Iの口を慌てて塞いだ。

「おいおい冗談だろ?」

目を閉じる。

額をハロに押し付ける。

酷く冷たかった。

良くわかっていない兄の大事な玩具に話しかける。

「違うんだ。俺はそういうのは出来ないんだ。一人でいたいんだ。家族になんか付き合っていられないんだ。つーかできねえ。俺は家族を

置いて遊びにいったんだ。ニールも無視して学校に行って、大学も出て、職についたんだ。今更……。今だって兄さんを追ってるわけじゃない。

うっかり別の……俺を受け入れてくれた人達を……失くさないためにここにいるんだ。家族じゃない。けど、家族みたいなもんなんだ。それって、

ちゃんと付き合わないと、また吹き飛ばされてバラバラになるかもしれない。あいつら皆が笑える未来の為にも、何かしなけりゃならないんだ。

ここにいることで俺は、あいつらの役に、物凄くたてる。だから」

ハロが……耳?手?翼?のような場所をパタパタと開閉する。

安物の玩具なせいでよくわからなかったのか、同じ言葉を繰り返してきた。

《家族!家族!フェルト!刹那!ティエリア!アレルヤ!イア……》

『静かに』と人差し指を伸ばし口元へ。

察しのいい高級ロボットは黙る。

兄の大切にしていた物だ。

「だとしてもだ、俺と兄さんを被らせてるようじゃまだ家族とは…………」

目を細める。

笑う。

泣きたくなるのを堪えて。

「言えねぇな」





ほら、母さんは間違いなく自分を見つめて「ライル」と呼ぶのだ。

妹だって、どっちだっていいといいながら、こっちを見て「ライル」と呼ぶのだ。

幸せな思い出。

(兄さんは……また家族に付き合ったのか?)

あれから10年も。

(優しすぎるだろそれは……)

エイミーの買い物に二時間も三時間も付き合うどころの話ではない。

10年もずっと、仇を討とうとしていたのか。

そうやってずっと、最期の瞬間まで家族と一緒にいたのか。

あの温かい思い出の中に。

『昔』を思い出すだけでやけに重くなる胸をA.Iと共に抱え込んだ。

ライルは一人だった。

家族になど付き合いたくは無かったのだ。

自分の時間が奪われるなど真っ平で。

そのせいで、楽しい時間と引換えに、幸せな世界を失くしてしまった。

もう誰も残っていない。

一人だ。







END

「……寂しいよ」