置き去り 2
一羽の鳥が飛んでいってしまった。
飛んだら羽が壊れてしまうから、決して飛ぶなと言い聞かせたのに。
鳥だって墜ちたら死んでしまうのだ。
まして。
果たして四年間、「計画」の為だけに生き延びてきたのだろうか?
ダブルオーガンダムがアヘッドを圧倒していくのを見ながら、唐突に振り返った。
「イオリアの計画」の為か。
死んでいった者たちの意志を引き継ぎ、彼等の願いを叶えるためか。
それともかつて奪われた大切な物を取り返すため?
その、どれもが理由だった。
そして、それだけではなかった。
(あれで終ったなど……嘘だ)
元通り体が動くようになった時、真っ先に思った。
まだ何も成し遂げていない。
それなのに自分の他、かつてのマイスターが一人もいないなどと。
『信じられなかった』
探したのだ。二人とも。
アレルヤも刹那も。
また三人で戦うために。
新しいマイスターを探すつもりなど毛頭無かった。
アリオスはアレルヤの為に。
ダブルオーは刹那の為に用意した。
嘘だ。
考えられなかった。
あのまま二人とも死んだなどとは。
どうせ刹那もアレルヤも、こちらと連絡が取れないことを良いことに好き勝手やっているのだ。
あの大嫌いな地上で、重力に押しつぶされながらバタバタ動いているのだ。
身一つでかつて取り組んでいた計画の続行の為に。
そう思って。
必死に用意した。
『その日』に彼等を迎えに行くために。
その日には、完璧なまでに準備万端整えていようと。
きっと喜ぶだろう。
彼等はきっと無力さに苦しんでいる。
四年間。
ずっと信じて。
そして刹那は生きていた。
想像通り好き勝手にやっていた。
挙句の果てにアロウズを相手に死にかけていた。
自分が迎えに行かなかったらどうするつもりだったのか。
アレルヤは、見つかった。
また取り戻せた。
死んでいなかった。
『ほら見ろ』
かつて死んでいった者達に喜び勇んで叫んでいた。
『まだ誰も死んでいない!これからまた、以前の者達と共に!!』
以前のままだ。全て!!
有頂天に喜んで、泣いた。
四年ぶりに。
(やめてくれ刹那……トランザムは)
万感の思いが込み上げる。
目の前のアヘッドの攻撃を避ける。
避け切れないで装甲が抉れる。破片が散る。
刹那に夢中でフィールドの展開が遅くなった。
(トランザムは……)
敵のサーベルを肩のキャノンで受け止める。
超重量のセラヴィーごと体当たりをして弾き飛ばす。
バズーカで薙ぎ払う。
かわされる。
「刹那!!」
応答は無い。
できる筈も無い。
今、あのアヘッドとやりあっている。
言葉を発する余裕などある筈が。
でも。
声が欲しい。
聞きたい。
彼の。
自分を独りにしない、大切な仲間の声。
もう一度共に戦いたい。
戦い続けたい。
戦いであったけれど、その合間の日々は、もしかしたら……楽しかった。
目の前の身近な場所でダブルオーの機体が揺らいだ。
これぐらいでダブルオーが限界を迎えるわけが無い。
知っている。タクラマカンの時と同じだ。
パイロットの体に限界が。
「刹那!!」
二度の叫び。
叫んだ瞬間アヘッドに背後を取られた。
垂直に襲い掛かってくる緋色のビームサーベル。
GNフィールドの展開。
サーベルを弾く。
その瞬間、声を投げかけ続けた相手からの確かな反応。
剣の刀身を回転させライフルモードへ。セラヴィーの背後の敵を容赦無く撃ち抜く。
(無駄なことをっ)
『そんなこと』をしている暇があるのなら、どうして目の前の敵を攻撃しない。
どうして安全な場所に一時でも退避しないっ。
「そんなことをしているから!!」
刹那がアヘッドに襲われる。
何処かで見たことのある風景。
セラヴィーの背面にある『フェイス』を起動させる。
晒してしまえば計画に支障が?
何の?
とっくに何も考えられなくなっていた。
助ける。仲間を。セラヴィーで。
「トランザム!!」
最高出力で、撃った。
刹那を襲っていたアヘッドをキャノンが抉った。
それでも恐るべき反射で大部分を避けたアヘッドはそのまま撤退。
隊長機らしい機体には直撃の筈だった。それはアリオスが庇う。二機をキャノンが抉る。
撃ち終わると同時にダブルオーガンダムの傍へと飛んだ。
届かない距離。今なら届く距離。
墜落の直前、ダブルオーを捕まえることが出来、支えられ、発生させたGNフィールドで自分も彼も包むことに成功する。
応答を待った。
咽る声。
何か吐く声。
言葉が返らない。応答が。
コックピットの映像が届く。
刹那のバイザーの口元辺りを拡大する。
零れているもの。吐しゃ物に滲んでいるもの。バイザーのせいでかろうじて赤さが伝わる。
震え上がった。
「愚かなっ」
アリオスを見た。
自力で飛べそうだった。
無我夢中で腕の中のダブルオーを引き寄せる。
撤退するアロウズ。レーダーから敵影が消え去るのを待つ。遅いっ。
《ティエリア!一度戻って!!ダブルオーを!!刹那を!!》
ブリッジからの悲鳴に従う。レーダーの反応が消え去る前にプトレマイオスへと身を翻す。
「カプセルの用意を!!」
破れそうな喉で叫んだ。
刹那が発した音のせいで体中が震えている。
君の体から、そんな音を聞きたいわけじゃない。
(学習しろっ)
それを喜ばない存在があると。
学べば少しは、彼の幸せな頭も良くなるかもしれなかった。
いつか見た風景。
それは四年間見続けた夢。
敵のGN−Xに襲われ。
刹那とアレルヤが死んだ。
END