昼寝の日
「今日泊まりたいんだが……駄目か?」
総士と共に食堂で朝食を取っていた時、突然前置きなくそんなことを言われて戸惑った。
箸の先を咥えたまま目を丸くしていると、総士の方はといえば涼しい顔をして続けてくる。
「泊まる……と言っても昼の間だけだ。ああ、「泊まる」という表現は適切じゃない。用は、誰にも起されない場所で
少なくとも数時間休みたい……ということなんだが。一騎の家では駄目か?」
総士自身は気付いていないだろう若干の上目遣い。
昔から変わらない、ちょっと叶いそうにない「お願い」をするときの総士の仕草。
それを何年かぶりにこんなところで見て、ますます頭が停止した。
「別に構わない……それは」
やっとのことで口の中のものを飲み込み、口から箸を外す。
総士の説明は続いていて、自室では電話や放送で起されるし仮眠室でもやはり同じだし、それ以外の場所では心配されて
そこかしこの人間から声を掛けられるというような愚痴を真剣に一騎に向けていた。
話は途中であったのだけれど、一騎からの返事があった瞬間総士は黙る。
微笑む。
笑う。
一騎はそれだけで死んでもいいと思う。
「良かった。よっぽどのフェストゥムが来ない限り寝ていたいんだ」
総士の日本語は少しおかしいけれど、その分眠いのだろうな……と推測する。
「で、いつ来るんだ?」
日が昇る直前まで行われていた早朝訓練を終えて、総士が報告を終えて、一騎の検査もほぼ同時に終わり、若干昼食に
近い朝食を取っている途中だった。
笑顔のまま総士が言う。
「この後すぐに」
止まる。
口の中の味噌汁を飲み込むのを忘れる。
ちゃんと片付けていただろうか。
ゴミは捨てたか。
洗濯物は。
父は。
布団は。
八割方大丈夫な気はするが、留守中何が起こっているかはわからない。
以前のように、アルヴィスで仕事をしているはずの父が懐刀と共に酒盛りをしているかもしれない。
「大丈夫だろう?」
総士の目がうるうるしてるように見えるのは懇願ではなく欠伸を噛み殺しているせいだとわかっていてもメロメロする。
ガクガク首を縦に振って頷くと、残った朝食を片っ端から口の中に放り込んだ。
***** ***** ***** *****
幸いにも家には誰もいない。
鍵を開けて、二階に総士をあげて、部屋に通す。
窓を開けて風通しを良くして、布団を敷いて。
「ありがとう、一騎」
図々しい……とは思えなかった。
総士が一騎の部屋にいるのは不自然であったけれど当然であるような気がしたし、この先何を総士が言っても従うつもりは十分
にあった。
所在無く、掛け布団と敷布団の間にもぐりこむ総士を立ったまま見つめる。
部屋の端から。
「何時に起こす?」
優しく聞いた。
「五時間経って起きなかったら様子を見に来てくれ」
所在無く。
すぐに寝息をたてはじめた総士の隣に座る。
開けた窓から入った風が、台所へと抜けていった。
とても気持ちがいいと、思う。
自分の家で一番気に入っているのは二階の風通しの良さで、その恩恵を総士にも分けられたことを心から嬉しく思う。
畳みの痕が体につくほど、総士の隣に座り込んでいた。
このまま忙しければ、総士はいつも、こうして一騎の部屋に休みにくるのだろうかと、ぼんやりと考える。
自分の部屋に戻ってさっさと寝るのではなく、わざわざ地下を出て、一騎の家まで歩いて、アルヴィスから家まで百何段かある石の階段
を登って。
そこまでして休みに来る。
それは、とても嬉しいことだった。
それは、穏やかな午後。
総士の寝顔を見ながら思う。
(なんか俺……役に立ってるな……)
もしかしたら、ファフナーに乗って戦っている時よりも。
恐らくそうだ。
(良かったなぁ……俺……)
風を浴びながら思う。
目を閉じて、満喫した。
(しあわせだなぁ……)
END