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揉んでマーメイド



 思わぬ人が思わぬ場所に現れたのを見て、真矢とカノンは思わず彼の腕を掴んで食堂に引き入れた。

剣司がとめるまもなく、一騎は連れ去られる。

「俺・・・・・・・家で昼にするつもりだったんだけど・・・・・」

 食堂のお盆を突きつけられて、何が何だか知らないうちにチケット売り場に並ばされた一騎は、不満げに後ろの

真矢やカノンを振り返る。

いいからいからっと笑顔に負けた一騎はしょうがなく、メニューのボタンを一つ押した。



***     ***     ***     ***



「だが一騎、一騎の訓練は早朝に終了したのではなかったか?」

狐うどんをすするカノンを前に、唐揚げを飲み込みながら一騎はうなずく。

「カノンたちは午後からなのか?」

「ああ、あと一時間後に訓練開始だ」

「そっか」

「・・・・・・ということは、午前中一騎たちの訓練で、午後は私たちか。一騎は今まで何をしていたんだ?早朝なら、

さっさと帰って寝るなリしたほうが効率が・・・・・・」

カノンなりに気を使い、遠まわしに《休め》と言おうとしたのに。

ところが一騎はみるみるうちに元気になって

「総士、揉んでたんだ」

その時の効果音を例えるなら「ピシッ」

一騎は気にしないで二個目の唐揚げを口に放り込んだが隣の剣司は青ざめていて。

「・・・・・揉んでたって・・・・どゆこと?」

辺りがあまりに静かになったため、真矢の声は良く響いた。

「あ、うん・・・・・・」

気付かないのか天然なのか、生返事を返しつつ、一騎はメインディッシュのマーボー丼を手元に引き寄せる。

「俺さ、ずっと前にも総士を揉んでやりに総士の部屋に行ったんだ。でも俺のマッサージ、痛いだけだったらしくて

俺はそれにも気付けなくて、総士がヤメロって叫ぶの無理矢理押さえつけて揉んでたら、総士に顎とか蹴りあげられて

部屋から追い出されたんだ」

さも楽しそうに一騎がいった台詞には、不穏な要素がいくつか含まれる。

内容と一騎のギャップが不自然と言うか痛々しいというか・・・・・・。

「ははっ総士って意外と強いのな、久しぶりにぶっとばされた。その後で、「さっさと出てかないとこれで殴る」

って言ってた時に総士が振りかざしてたの、総士の椅子でさ・・・・・・」



うわぁ。



一騎の前の三人に、物凄く総士が可哀相がられているのにも、一騎は気付かない。

「なんつーか、総士、必死だな・・・・」

ぽそっと漏らした剣司の感想にも気付かない。

「本とか瓶とかバインダーとかだったら俺も別になんともないんだけど、さすがに椅子はさ、無理だと思って

逃げたんだ」

一騎は勝手に話しながら、肩を落としてうなだれる。

もうそろそろ遠見もカノンも一騎を呼んだことを後悔しはじめた。

「でも俺も、まさか総士が本気で投げると思わなかったから、逃げようって思った後もちょっと動かないでいたんだ・・・

そしたら・・・・・」

「逃げないでいたら?」

会話をさっさとぶったぎろうと、遠見自らが相槌をうつ。

その手のスプーンは、高速で紅茶をかき回していた。

「椅子きた」

三人の前で一騎がどんどん小さくなっていく。

それだけショックだったらしい。

「投げっ・・・・・・」

カノンの動揺声も、あっさり無視された。

「でも」

代わりに突然一騎の顔が上がる。

効果音を入れるなら



《ガバッ》



代わりに遠見の手が止まった。

効果音を入れるなら



《ムカッ》



「父さんと溝口さんにちゃんとマッサージを習ったんだ。で、他にもいろんな人にやったら、全員に褒められた。

だから、今度こそ総士の薬に立てるって思って、今日訓練が終わった後、総士の部屋に行ったんだ」

「総士の部屋ということは・・・・一騎、総士を寝かせてはやらなかったのか?」

「早朝と午後で訓練をするってことは・・・・総士の休みって午前中だよな、遠見」

「うん・・・・そだね」

こそこそ話しだす三人をよそに一騎のドリームワールドは広がっていく。

「今日行ったら、総士最初はすごく暴れたんだ・・・・。この前のことがあったばっかりだから嫌だって怒ってさ、

出てけって凄い剣幕だった。休みを返せって・・・・・・でも、試してもらえないと俺が上手になったかなんてわかって

もらえないだろう?」

「それ、皆城君がもっと暇な日だったらきっと・・・・・」

「今日はちょっと元気がなかったみたいで怒るだけだったから、簡単に近づけてさ、総士の時間もあんまりないみたい

だったから、力技で行ったんだ」

「ちょっ・・・・・・」

「そしたら、気持ちいいって言ってくれたぁ・・・・・・」

ついさっきのことを思い出しているようだった。

ドーパミンが、その証拠。

「総士、最初は『僕を殺す気か』っなんて物騒なこと叫んでたんだけど、ベッドの上に押さえつけてマッサージを

はじめたらすぐに静かになったんだ。首とか肩は父さんのより硬かったかな。気持ちいいかって聞いたら、

溶けた声で気持ちいいって・・・すんごい切ない声出すんだ。俺も、総士の忙しいのわかってるから、20分くらい

で止めようとしたら、あの総士がさ、顔真っ赤にして、涙目で、『もっと・・・』っておねだりしてくれたんだ」

「あの、一騎君?」

「総士の凝ってるトコ指で押すと、総士の体、ビクッって跳ねるんだ。その時ちょっと突き指しそうになるんだけど、

それがすっごくイイ目印になる。総士が反応したとこ揉んでると、だんだん総士のビクビクがなくなってくんだ。

総士がため息つくんだ。揉まれるのが痛いくらい凝ってる場所触るとさ、『イヤダッ』とか『ヤメッ』とか叫んでさ、

痛がって暴れるんだけどさ、それが凄く幼いカンジがして、はやく楽にしてやらなきゃなって思う・・・・・・」

うっとりする一騎を脇に、うんざりした遠見はさっさと席を立とうとする。

その真矢のスカートを、カノンは必死で握った。

「お、置いていかないでくれ。置いていかれたら、私ではこの先どうしていいか判断がつかない・・・・・・」

カノンの声は本気で震え、しぶしぶ真矢は着席する。

「俺、凝るのって肩とか腰だけだってずっと思ってたんだけど、違うのな。しばらく揉んでたら、総士の方から

教えてきてくれたんだ。おねだりって感じで・・・・胃の後ろとか・・・首とか・・・・大殿筋とか・・・・・」

「なあカノン、大殿筋って何処だ?」

一騎に無視されつづけた剣司がカノンにふる。

が、耳まで真っ赤になったカノンから、返事が返ることはなかった。

「総士、ずっと座って作業することが多いから、揉まれると気持ちいいんだって。俺、そのへんは考え付かなかった

から、反省した。総士のこと全然考えてなかったなって・・・・・。お詫びに、そのあと一時間ぐらいかけて総士の

全身揉んだんだ」

「それはそれはすごくしあわせだったんだろうねみなしろくん」

「ああ。俺の手、相当気に入ってくれたみたいで、俺が揉んでる間に寝ちゃったんだ、幸せそうな顔して・・・・」

「一騎君、よく喋るね今日」

「総士が悦んでくれたのが嬉しくて」

「そう」

「じゃあ俺、食べ終わったしもう行くよ。話聞いてくれてありがとうな、遠見」

「うん」



ルンタッタ♪そんな感じで一騎が帰ってく。

うつろな目をしたカノンが机に突っ伏し、剣司は目をつぶりながら手を振った。



《総士の全身揉みしごけて超幸せだった》

《総士超可愛い超可愛い》

《無条件で尻揉めたヤフーッ!》



そんな報告されても殺意しかわかない。

「一騎君の変態・・・・・」

そんな風に言って誤魔化すしか・・・ない。





夢を裏切られた乙女は恐い。