5、追い詰められる


 わけがわからない。

どうしてこの自分が、たった一体のスフィンクス型に押さえ込まれる?

これだけの力を持っている、自分が、マークザインが、何故?!!

爆発した怒りをマインブレードにこめ、敵の体に突き刺す。

刃を体内でへし折って敵の体を吹き飛ばそうとした。

なのに

(何も起こらない?!!)

《下がれザイン!!》

湧き上がるようにして届いた指示に、飛びつくように従った。

  手放した武器が、みるみる敵の体に飲まれていくのを見た。

自分の両腕も。

「総士っ!!」

助けを求めた叫びが告げきる前に、腕は痛みもなく切断された。

が、跳躍した足に触手化した敵が巻きつく。

地面に叩きつけられた。

衝撃に思わず目を瞑り、開いたときには目の前にフェストゥム。

痛みとともに頭中に広がる恐怖を示す表示。

視覚化したら表示が溢れてフェストゥムが見えない。

何も見えない。

一刻も早く逃げなければ取り返しのつかないことになるのに動けない。

「嫌だっ嫌だぁぁァぁっ!!」

物凄い力で地面に押し付けられる。

跳ね起きたいのに仰向けのまま動けない。

「総士っ助けてぇぇっ」

助けを求めたとき、体の中に、敵が入った。



****  ****  ****  ****  ****



「うわぁっっ!!」

グルンと世界が回って視界にタオルケットが広がる。

己の叫び声で覚醒すると同時に自由になった。

思わず濡れた顔を両手で撫で擦って無事を確認する。

全身を伝う酷い寝汗と裂けそうな肺で呼吸を繰り返すうち、今までが夢だと知れた。

体が支えを失って落ちる前に、ベッドの端から足を下ろす。

手の汗を、タオルケットで拭いた。

「えっと・・・・・ごめん・・・」

隣の。

狭いベッドを半分も分け与えてくれた親友に、まず謝った。

絶叫とそのあとの奇行で叩き起こしてしまったから。

こちらがベッドから跳ね起きる時、彼もまた、似たような勢いで身を起こしていた。

息を整えるとき、呆然とした彼の視線を脇から感じていた。

落ち着いて冷静になる分、申し訳なさで頭が一杯になる。

「いや・・・平気か?一騎」

一度息を止めて返事を返そうとして、咽た。

咳き込む間に、総士は勝手に起き出してしまう。

続いて聞こえた水の流れる音から、水を汲んできてくれるものと予想して、お礼の言葉を用意した。

それなのに

「ごめん」

出た言葉はまた謝罪。

それに何を言われてしまうかほんの少しだけ怯えた。

「夢?」

水のたっぷり注がれたコップを受け取りながら頷く。

一気に飲み干してから、もう一度謝った。

「暑かったからな。部屋の温度、もっと下げようか」

気にするな・・・ということを、明るい口調に教えられた。

こんな夜中に叩き起こされて、よくそこまではっきりモノが言える・・・・・・とまでは言わないで、

厚意に甘えた。

その時間に心臓を落ち着けたかった。

  目覚めたときの衝撃のせいで、まだ胸が痛い。

あんな夢を総士には絶対に教えられないから、聞かれる前にベッドに倒れて目を閉じた。

「起こしてやれなくてすまない」

総士は、タオルまで絞って持ってきてくれた。

寝たまま顔や首を拭って一息つくと、安心した。

「・・・・・・それって、総士がちゃんと眠れてたってことだろ?そっちの方が大事だし、俺は嬉しい」

冷たいタオルを額に乗せる。

寝不足総士の成れの果てを見ないようにするためにも、タオルは十分役立った。

制服のガードの取れた先にある、生身の、骨の浮き出し始めた体。

くぼみ始めた目。

「起きたからって作業はじめるなよ?」

遠慮がちに呟けば、小さく吹き出す声が聞こえた。

・・・・・・笑った顔なら見たかったかもしれない。

「・・・・寝るさ」

そんな言葉が降ってきたけれど、信用しないで体の力を抜かないでいた。

総士が机の明かりをつけようものならすぐさまベッドに引き擦り込めるように。

ただ今夜は、ちゃんとベッドが軋んだ。

  共有しているタオルケットが一瞬浮いて、空いた隙間に総士が入り込んでくる。

その時に、総士の肘の骨が背中にあたった。

気づいてないのか謝ってくる気配はない。

代わりに、あっという間に動かなくなった総士が隣にいた。

いつものクセなのか、総士はソファーの方を向いて寝る。

つまり、こっち側に顔を向けて寝る。

だからこちらも総士にあわせて総士に背を向けて寝る。

目を閉じると、先ほどのフェストゥムが目の中にいた。

最後に見たそのままの体勢であったので、そこからしげしげと考える。

(こいつを・・・・・どうしよう)

総士に聞くわけにはいかない。

自分で考えなければ。

(武器・・・・・無かった)

マインブレードまで取り出すというのは、余程のことだった。

(他のファフナーも・・・・・いなかった)

遠くにはいるのか、最初からいないのか。

(じゃあ、ああなったら・・・・もうおしまいじゃないか)

眉間にしわがよる。

負けてたまるか。

(機体の形を変えるのは・・・してなかった?)

極力触れないように戦っていた。

だから無理だった。

目の前のフェストゥムは動かないでいる。

自分がこいつに動かれたあとの事を考えたくないからだ。

(終わりじゃないかっ!!)

うつ伏せになって、顔をシーツに押し付ける。

目の下辺りがすぐに湿った。

総士を起こさないように息を止める・・・・。

  はやく眠ってしまおう。

夢だったから。大丈夫なのだから。

明日元気に笑っているほうが大事だ。



****  ****  ****  ****  ****



  シーツに顔を押し付けたまま、限界になった息をついた。

押さえつけているから、ゆっくり。

(違うだろ)

唇が笑みに歪む。

喰いしばった歯まで剥き出す。

(悔しいんじゃないだろ)

シーツの濡れた部分が馬鹿の塊のように思えて全身が震える。

同化なんて、負けなんて、絶対総士がさせないだろう。

こんな蒲団の中で怯えなくていい。

きっと、間違いなく総士がフェストゥムから解き放ってくれる。

・・・・・・フェンリルで。

  面白い。

膝を折り曲げて、腹を抱えた。

そんなヤツを心配して、今こうやって一緒に寝ている。

ようやく見れた寝姿を見て、安心している。

隣の寝息を止めないように、気を張り詰めている。

幸せだの何だの、いくら互いに言い合ったとしても

先にスイッチを入れるのは総士だ。

どんな顔で?

どんな思いで?

泣いてはくれない?

でも

あんな気味の悪いものに体中をあさられるより

全てが敵に使われて、そのせいで誰か人間が死ぬより

総士に何一つ残らないより

よほどマシだと思った。





いつの間にか夜眠れていないのは自分になった。

総士は、それすら通り越したから寝るようになった。





(やっぱり総士が好きだ)



END



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