4、引き裂かれる
アルヴィス廊下に設置されたソファーに座って待っていた。
待とうと思っただけで、他に何をすると決めたわけでは無かったから退屈で。
ソファーの端の方に腰掛けて、背もたれに寄りかかって床ばかり見ていた。
総士がいつ此処を通るかなんてわからなかったけれど、通ることだけはわかっていたから
一目見たくて此処にいた。
「総士は・・・まだ?」
近づいてくる総士とは全く関係ない大人の気配に顔を上げずに訊ねる。
「直に来るわ。貴方も訓練が終わったなら早く・・」
「総士を待ってます」
「でも・・・・・・」
自分としては、話はここで終わりにするはずだった。
なのにこの大人が話題を引きずろうとする。
総士が会いたがってるという大事なことを、ぜんぜん知らないくせに。
「待ってます」
項垂れた姿勢のまま。そう答えた。
相手の大人はさらに何か話しかけてくる。
目を瞑っていたら、やがて消えた。
空調か何かの低い音が、長いこと聞こえる・・・・・・。
いつからか
『総士がいる』と思った場所に、総士がちゃんと居るようになった。
最近は、『来る』と思って先に待ち伏せる。
不思議なことに、『来なく』なったらわかるのだ。
確かな匂いや気配は無いのにそうだとわかる。
今日は、
背中の痛みが限界になる前に『来ない』とわかった。
さっきまで、ここに来る筈だったのに・・・・・・。
(誰かに、何かされた・・・・・・)
そうでなければ必ず会えた筈なのに。
何も感じなくなった廊下を睨む。
急いで立って、総士を探したのだけれど、どこにもいない。
見つけ出せたとしても、『用』のできた総士には会えない。
視線すら分けてもらえない。
一体誰が総士に用を押し付けたのだろう。
総士に何を言ったのだろう。
誰かに何かを言われたら、総士は絶対逆らえないのに。
そんな酷いこと、一体誰がしたのだろう。
俺以外、総士は会いたくないのに・・・・
(俺には、総士だけ・・・・・・)
ふらつきながら、自力で家まで辿り着く。
適当に手を動かしているうちにできた食事を流れ作業で胃に流し込んで、
気づいたときには蒲団も無事敷き終わっていた。
着替えるのは億劫で、ゆっくり倒れながら明かりを消して蒲団にうつぶせる。
蒲団の冷たさに体を縮めて耳を澄ませて・・・・・・。
(俺は何で・・・耳を澄ませてるんだ?)
突然胸が高鳴って、帰路から定まらなかった意識が覚醒する。
胸から上だけ持ち上げて、廊下の気配をうかがった。
(何だ?)
見当はついている。
・・・嬉しすぎるから。
(なに・・・・・)
電話が鳴った。
跳ね起きて、蒲団を蹴って駆けつける。
受話器を勢い良く取りながら、また『わかった』のだと気づいた。
だから十分すぎる確信の中相手を呼んだ。
向こうも、『わかった』ことをわかっているのか用件だけを告げてきた。
《来い・・》
それだけが頭に戻った。
家を飛び出して一気に走る。
動かせるだけ速く足を動かした。
速ければ速いほど喜んでくれるだろうから。
疲れは無い。
もっと走れると思う。
その通り、風の壁を抜けるようにして走った。
アルヴィスも、誰かに邪魔される前に駆け抜けた。
そうしていつもの部屋の前に立つ。
呼ばれて来たのだから当然鍵は開いているものと思いきや
少し、待たされた。
不安になって名を呟いたとき、扉が開いた。
驚いた顔をされたけれど、入れてもらえた。
抱きついて、勢いで総士を部屋に押し込んだ。
またどこかに行かないように。
倒れる前に訴えた。
「総士の歩いてたもう少し先で、俺、待ってた・・・・・」
「先?」
「そう、廊下の・・・・ソファーのところ」
「ソファーの・・・・・・」
「うん」
総士の胸に頬を押し付けていたから頷く声は低く出た。
総士を押し込んだ弾みに二人して倒れて、そのまま抱き合った。
自然に。
「何で・・・・・・会えないんだろうな。今は・・・何も無いのに」
触れられるギリギリまで、互いの体を密着させて
身体を寄せて、擦りつけて。存在の印を刻みあう。
肌と肌とを吸いつける。
「やりたいのは、こうやって一緒にいて、ずっと動かないでいることだけなのに・・・どうして・・・・・」
隠れる場所の無い総士の部屋の中で、それでも誰かに見つけられないように一番奥で小さくなって
動かないで外の気配ばかり窺って・・・・・。
「俺たち、ちゃんと戦ってる・・・・・・だからこれくらい・・・」
許して
「許されなきゃおかしい」
戦ってる。ちゃんと倒してる。
なのにどうして一緒にいさせてくれないの?
どうしてこんなに会ってるだけで、びくびくしなきゃならないの?
どちらかが、次にサイレンの鳴るまで、こうしていようと言った。
どちらかが黙ってそれに頷いた。
鍵をかけ直して電話の線を引き抜いて電気を全て消して息をひそめ隠れた。
心臓は早鐘。
END
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