取り残される


 鉄板を張り巡らされたような一室の、冷たいベッドから起き上がれない。

分厚さだけが取り柄の壁に、映った己の瞳は金。

溶けた様に揺らめいて、人ではあり得ない光を勝手に放ち

まるで別の生き物のよう。

見慣れないものを見たくは無くて、壁と視線の間に手をかざした。

 壁に一つ、光っていたものが姿を消す。

(やっぱり・・・・・・治ってないか)

眠れば治るものだと思おうとしたのに、眠る前より今の方が身体が動かない。

かざしていた手を下げる。

また壁に目が映った。

今度の目は泣いたらしい。

顔が熱いと感じた瞬間、本能的に鼻を啜った。

「この目・・・・抉ったら元通り動けるようになると思います」

目を覚ましたと同時に、存在に気づいた医療スタッフに告げる。

彼女の方は向かない。

目を覚ましたとき、待っていてくれると期待した彼の姿はこの部屋に無く。

裏切られたと感じた痛みを彼女にそのまま八つ当たってしまう自分が恐くて

とてもとても振り向けなかった。

「お願いします」

いくら同化現象でも始まったばかりであるならば、病んだ箇所を切り落としてしまえば終わる気がして、

こちらの言葉に反応して近づいてきた彼女に頼み込んだ。

 戦いが終わったときは、いつも千鶴か弓子に診てもらっていたのに、今日は二人ともいない。

名前も知らない医療スタッフになら、望む治療をして貰えたはずなのに、そのつもりで言ったのに、

せっかくの言葉はすぐに否定されてしまった。

「右目、捨てたら治ります。絶対」

いくら医療専門と言っても、人の身体のことだからよくわからないのだろう。

そう思って、繰り返した。

だって身体の中でおかしいのはこの右目の部分だけなのだから。

治すなら、取ってしまえばいい。

別にこれ一つなくても、普通と同じに生活している見本もあるし。

なによりこの金色が、目で止まっているうちに取ってしまわないと駄目だ。

金色が全身に広がってしまったら、恐い・・・恐いから。

手遅れになったら、人ではなくなってしまう!

 取れば・・・・・・。

取れば、身体は動くようになる。人のままでいられる。いつもの毎日になる。

それを思えば片目ぐらいどうだっていい。

 嗚咽がこみあげて、目を開けていられなくなった。

痙攣のような大きな震えは、左腕でいくら抑えても止まらない。

弓子も千鶴も何をしているのだろう。

今日の部屋は、名前も知らないスタッフが一人きりで他は全部機械だ。

他に誰も居ない。

だから、ここはいつもと別の場所であると、目覚めたときにすぐに知れた。

 涙の理由がやっとわかった。

あの二人は他のパイロットを診ているからここにいないのだ。

(俺はもうパイロットじゃないから・・・・・・・こんなところで・・・・放って・・・)

喉が焼け付くようで、言葉が上手く出てこない。

「お願いです・・・・・・乗らないと、また一人になる・・・・だから」

起き上がろうとしたとき、両肩を押さえ込まれた。

 突然の行動に目を見開く。

間近にせまったスタッフの顔は、やけに冷静だった。

「落ち着いて一騎君。大丈夫だかた。まだ貴方、死なないわ」

耳元で口早に囁かれる。

この人は、無茶苦茶なことを言う!!

この瞬間、震え上がる醜態を晒した。

「アレがどんなものだか知らないからそんなことが言えるんだ!!」

胸が痛む。

命と引き換えにやっと必要として貰えたのに、それすらなくなるなんて。

「俺は死んでもいいって思ったんだ!恐かったけど・・・・・でもやっと死んでもいいって思ったんだっっ」

必死で頭の中で繰り返し続けた。

繰り返し繰り返し思い返して全身の神経にまで滲み込ませた。

『死は問題じゃない』

「あんた達おかしいっ何で今更そんなこと言うんだっっ今更っ!!」

身体を抑えられた一瞬に、彼女からも良い匂いがした。嗅ぎ慣れていない香りで、母親のものだとすぐにわかった。

「戦えば死ぬまで仲間で!!やめれば独りで!!」

代わりにいつまでも生きてて良いなんて。

「戦うに決まってるっ!!もうイヤだっ!!ひ、一人、イヤだっっもうっ!!」

他に何も聞こえない。

「戦うの恐いなんて思ってないっ思ってないからっ!!」

抑えつけてきた女スタッフの胸倉を掴んで体を起こした。

この人が最後で、もう誰も来ないかもしれない。

どうあっても捕まえていなければ・・・・・。

「乗せてっ!アレに乗せてっ!皆のところ・・・・っ!!」

 このままだと一人になる。

「この目とって!とったら動くから」

 目が邪魔だ。

これのせいで何も出来ない。

他のパイロットは今も総士の下で一緒に訓練をしているかもしれないのに。

目のせいで誰にも会えないっ。

 急に静かになった。

黙ったから他に音がなくなったと気づいた時には、自分がどんな風に息をしていたか忘れていた。

どれだけ吸って、吐いていたか。

 手首から先を無くした気がした。

死に物狂いで掴んでいたはずのスタッフを、あっという間に自由にしてしまった。

(俺の手・・・どうし・・・た?)

これも目のせいだろうか。

はやく取らないと大変なことになる。

「・・・って・・・・」

一度視界から消えたはずのスタッフが、再び現れた。

彼女が手にしていたマスクのようなものが口に押し当てられると、胸の中が少しだけ涼しくなった。

「とっ・・・・」

粘つく口を必死に動かして、こちらの願いを伝えようとするのだけれど、思い浮かべるような声が全く出ない。

話そうとすればするほど、感覚が消されていく。

さっき壁に見た黄金の目玉に全て奪われていく。

 口を今までで一番大きく開いた瞬間、頭の中身が何かに握りつぶされた。

開けた口から言葉の代わりに飛び出たのは悲鳴。

「手遅れだ」と、かろうじて残った頭で思った。

いくら泣いても楽にならない。

痛みが消えない。

(トッテ!!)

今すぐ。

(戻シテ!!)

さっきの戦いが起こる前までの自分に。

たしかだれか一人減って悲しくて、そいつの分まで戦おうと決めたばかりだ。

それでも残った皆で何とか笑って倒れたそいつを守ろうとして

みんなの中に、自分はいた。

 半分残っていた視界がどんどん狭まる。

肺が勝手に呼吸するのはマスクのおかげだ。

 冷たい手が額に置かれたと、最後に肌が思った。








「あの・・・・こちらに戻されても・・・・下の機材の方がよほど一騎君が楽に・・・・・」

 蒼白となった表情の主任が振り返ると同時に、赤く泣きはらした主任のお嬢さんがそう告げてきた。

「一人が嫌だと・・・気を失う直前まで叫んでました・・・」





私が一人でやっとのことで階下から運んできたベッドは、パイロットになった主任の末のお嬢さんのベッドの隣に

落ち着いた。







END