1・閉じ込められる
放課後の図書館にチャイムが響き終わって、黒のシャープペンシルが机の上を転がった。
作文系の宿題を全て手書きで書き終えた総士は、今は机の上で撃沈していた。
「・・・・・・慣れない事するからだ」
口に出すボヤキはそこまでにしておいて、一騎は黙って机に散った用紙を集めた。
「だが今回のものは学校の課題だ。手書きでないと意味が無い」
「それはそうだけど・・・・・・」
机の上に伸ばされた総士の手の近くに、一騎も頬をつける。
机は、夕日がずっとあたっていたせいで温かかった。
「手・・・疲れたか?」
とくにどこにも焦点を合わせないで尋ねる。
総士がぼんやりしていたから、こちらもぼんやりしたかった。
二人で溶けていたかった。
「ん・・・・・・」
喉の奥が小さく音をたてたような、そんな返事が返ってくる。
「作文三本、一時間で書き上げたのは凄いと思う」
「そうか?」
「普通はできない」
読書感想文と読書感想文。
新聞の一面記事を十日分まとめよ。
ちゃっちゃと重ねられていく作文用紙に、自分は本当に驚いたのだ。
だからこそ褒めたのに、返ってきたのは
「何を書いたのか覚えてない」
顔を突っ伏したままであるから総士の表情はわからなかったけれど、想像はつく。
だから笑ってからかった。
「大事な課題が出るときばっかり学校休むからだ。いつもいつも第一種任務ばっか優先されると
思ったら大間違いだからな」
「・・・・・間違い・・・か?」
「そうだ」
総士が突っ伏したまま盛大なため息をついたので、自分の笑みに自信を持つ。
「それは酷い話だな」
言いつつ顔を上げた総士に、肩を竦めて見せた。
「さっさと出しに行かないと、先生帰っちゃうぞ?」
「行ってくる。一騎は一応玄関に居てくれないか?先生がいたら引き止めておいてくれ」
一騎が頷くと、総士は一騎のまとめた作文用紙を受け取り立ち上がった。
一騎としては。
今の指示は『先に行って待っててくれ』という総士なりの気遣いであったのだろうと推測は出来るものの、
一緒に行こうと誘われたほうがよほど嬉しくて。
そんな風に思うところがあったので、総士の後姿からしばらく目が離せなかった。
けれど・・・・。
(あれ?)
出口まで行った総士が踵を返して戻ってくる。
「どうし・・・」
一騎が最後まで言い終わらないうちに、一気に歩み寄られた。
「何?」
「閉められた」
「はぁ?」
一気に理解した一騎は総士を抜いて図書室唯一の扉に駆け寄るが。
「ほんとだ・・・・」
何度かドアノブを回してみて確認する。
「一騎お前・・・・・・気がつかなかったのか?」
「総士こそ」
背後からかかる言葉に、声を張り上げて返す。
「僕が気づくわけないだろう」
「俺だってボォッとしてたんだ。そんな小さな音、聞こえるわけが無い」
総士の今日二度目のため息が聞こえる・・・・・・。
「どうしよう」
総士に”どうしよう”と聞かれてもわからないから、先にどうしようか聞いた。
聞かなければ良かった。
「蹴破ろう」
返された即答が、右耳から入って脳ミソを殴りつけてから左耳から抜けていく。
「は?・・・け?」
「当たり前だ。こんな階から飛び降りたら、いくら一騎でも足を折る」
「だからっていきなり蹴ることはないだろう?!!」
「何を言っている。僕は一騎とこんなところで一晩明かすつもりは無い」
断言が、少しショックだった。
「じゃなくて、内側の鍵空ければいいだけだろう?」
叫んだ瞬間、総士は勝ち誇ったように笑った。
この顔は、ホントに嫌だと一騎は思う。
「じゃあ何故?」
腕まで組んで、総士は一騎を見下しにかかる。
「何故一騎は最初に僕に、”どうしよう”と言ったんだ?」
総士の態度の根拠がわかり始めて、嫌な予感は的中する。
「・・・・・・無い・・・・」
「何が?」
「えっと・・・このドア・・・内側に鍵がついてない」
「だろう?一体何処の素人がこのブロックの最終チェックを行ったか、顔を見てみたいな」
総士の普通な顔を見て思う。
(怒ってるんだ・・・・・・少しは)
せぇので蹴破ったドアは、金具を吹っ飛ばした後、壁に当たって返ってきた。
若干満足そうにも見て取れる総士が恐い。
さっさと帰ると思いきや、総士はさっきまで座っていた席に戻った。
それから、新しい作文用紙を数枚取り出す・・・・・。
「総士?」
「始末書と反省文だ」
追加2
追加分の作文にとりかかる総士を横目に見つつ。
なんとはなしに共犯になってしまった自分の前に置かれた新しい用紙を愕然と眺め
こんな風な一緒は嫌だと心から思った。
END
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