僕に満ちる声




  いろんな場所から許可を取るために駆けずり回って、最後の交渉で父を追い出す。

おかげで今、ついに家に総士を呼ぶことができた。

許可は、15時間分しか降りなかったけれど、今までの扱いを思えば十分だとおもう。

クリスマスは総士を外に出してやれなかったから、今夜はほんの少しだけ少しクリスマスらしい

・・・なにより、総士の好きだったものをたくさん作った。

三日かかっても食べきれないぐらい、わざと作った。

正月もまた、外には出してやれないと思うから

だから、今日ぐらい・・・・・

そう思うと、料理にかぶりついてくれる総士から目がはなせない。

  ここにいられる間だけでも、せめて楽しんでくれれば良いと思う。

「眼鏡、外したほうが楽じゃないか?」

総士が、スタッフから強制的に命じられた眼鏡を指して言う。

そうすると総士は、昔から変わらない、追い詰められた人間の顔をして固まってしまった。

だからこちらから動いて、眼鏡を取り上げる。

「俺の家なんだから、はずしても平気だ」

途端に現れた、真っ赤な瞳に笑いかける。

固まってないでもっと食べてよと、視線で促す。

・・・好きなものを、好きなだけ食べさせてあげたい。

ここにいる時ぐらい、そうしてやりたいと思う。

  半分精神病だったような以前と比べて、今の総士の顔色はよほど良い。

こんなに量のある食事を前にしても、薬は必要なくなっていた。

何よりすぐに、笑ってくれる。

幸せだと思った。

「ずっと、今日みたいな日が来て欲しかったんだ」

総士が気兼ねしないように、こちらも時折食事の手を進める。

その中にまぜた。

「だから今、幸せだ」

震えた声が出る。

自分の声に驚いて、視線を逸らした。

「そうだとしても、これは作りすぎだろう?」

たった一言で張り詰めた空気を、総士の方が動かそうと勤めてくれる。

それには応えなければならない。

「多分、食べきれない」

「わかってる」

目が、合わせられない。

「こういうの、嬉しくないか?・・・・・・俺は嬉しいんだけど」

「嬉しい?」

「食べても食べても全然減らない御馳走の山って子供の頃絵本で読んで憧れてて・・・さ、

いっぺんやってみたかっ・・・・」

自然にしようと思う言葉が切れ切れになる。

総士の赤い視線が痛い。

「・・・・・・・デザート持って来るな?」

話の途中だったのに、無理矢理切って、席を立った。

認めたはずなのに、やっぱり慣れなかった。

眼鏡を外させるべきじゃなかった。

  冷たい台所に戻って、一息つく。

体についた部屋の暖かさがどんどん抜けていって、冬の空気が入ってくる。

冷静になれる気がした。

(体震えたの・・・・・・バレたかな)

一人きりなのに微笑む。

(それとも俺の考えてること、最初から全部読んでた?)

「そうしたら、お前のことまた傷つけたよな・・・・・・俺」

冷蔵庫を開ける。

甘いものが嫌いだった総士に、デザ−トなんて用意していない。

(困ったな・・・・・・)

最後の許可を取り終えたとき、スタッフの一人に聞かれた。

”本当に大丈夫?”

その時は大きく答えた。”大丈夫だ”と。

(全然・・・・・大丈夫じゃない・・・・)

父親には、何かあったらすぐに知らせろと言われた。

別の大人には、外にさえ逃げればすぐに地下で把握できるから安心しろとまで言われた。

何もあるわけないと、言ってのけた。

冷蔵庫を開け放したまま、途方にくれて思う。

「あんなにお前の誕生日、祝ってやりたかったのにな・・・」

ここに、長い間かけて作ったプレゼントも置いてある。

許可を取れたとき、嬉しかった。

全責任を負って、総士を家に呼んだ。

ぎりぎりまでかけて作った大量の夕食でもてなして。

総士が食べている間はずっとしゃべり続けて。

有頂天になっていて。

そして舞い上がる中、総士の眼鏡をはずさせた。

目が合った瞬間、ゾッとした自分に気づいた。



***** ***** ***** *****



冷蔵庫を閉める。

プレゼントを入れた紙袋を片手に持って、総士の元に向かう・・・・・・・。

 総士はずっと座っていた。

当然のように見上げてきたから、慌てて作り笑う。

総士も、目を細めて笑っていた。

”遅い”だの”待った”でもない、もっとずっと重い言葉を口にした。

「もう、帰ってもいいか?」

それは監視員に移動する許可を取る言葉だ。

聞いたとたんに、力が抜けた。

プレゼントが床に落ちた。

畳を蹴るように総士に駆け寄って。

抱きしめて押し倒した。

胸に顔をうずめる。

叫んだ。

「お前の目が怖いっ・・・・でもっ」

喉が切れた気がして、一呼吸おく。

「俺のこと嫌わないでっ」

  随分虫のいい話だ。

「怖いと思ったっ!でもそれが離れる理由になったら嫌だっ」

何様のつもりだろう。

何を言っているのだろう。

フェストゥムとしての総士が怖いのか

総士が持つようになった力が怖いのか

自分が怖いのか、わからない。

「総士はっ・・・好きなんだ・・・・総士は・・・好きなんだっ・・・すき・・・」

日本語として叫べたのはここまで。

もっと伝えたいのに。

心をそのまま送りたいのに、抱きしめることしかできない。

頬を擦り寄せて、総士の頭や、顔や、体を撫でて。

さらに強く、体を押し当てて。

  総士の手が、ゆっくりと動く。

背中を、撫で返してくれる。

信じられなくて、ぐしゃぐしゃになった顔を上げた。

「僕一人呼ぶだけで、大騒ぎだな・・・・一騎は」

穏やかな声

「恐怖は・・・仕方ない。・・・・仕方ないんだ」

「仕方ないことなんて無いっ!また、我慢してるんだろうっ?」

「そんなことはない」

「嘘だっ!!」

そんな余裕、絶対に持てないっ。

「何でそんなに落ち着いてるんだ?!!何でそんなに普通なんだ?!!俺はお前の目を見て、怖いって・・・・・・

気味悪いって思ったんだぞ?!!違うだろ?怒るだろ?普通はっ!!」

「”普通”は無い。一騎、僕は僕なんだ」

突然両肩に手を伸ばされて、馬鹿みたいに体がはねた。

まだ叫びたいことはたくさんあったのに、総士が触れた瞬間に掻き消えてしまった。

全部忘れて、空っぽになった。

総士の手に押されるままに、総士の体から降りる。

ありえないほど素直に、向かい合って座った。

赤い目が、また正面に見える。

「・・・・・お前を見たくない・・・・お前の目が、フェストゥムの証なんだっ・・・俺が助けられなかった証明だっ!!」

「・・・・・一騎の”恐怖”はそこから来てるのか?」

総士が、覗き込んでくる。

体の震えは許されないのに止まらない。

ガタガタ震えるのを手を握り締めて耐えようとしたけれども無駄だった。

目を逸らすこともできないで、見開ききった目でもって総士を迎える。

  酷い顔をした自分に、総士は突然微笑んだ。

「だとしたら”ありがとう”。・・・僕はもう、救われてる」

何でも良かった。

総士の言葉なら、何でも。それを信じ込むことぐらい簡単だった。

でもこれは無理だ。

「嘘だろぅ・・・・・」

「どうしてだ?」

言いたかったことがまだ一つあったのを、見透かされたようだった。

まだ言わなかったのは、隠したかったからであるのに、また誘導された。

総士は、言葉にはしない。

ただ待ってる。

それがどれだけ苦しいか知りもしないでっ!!

「お前を助けられなかったから・・・・・。助けられなくて、なのに俺、あの時お前の気配が消えた後、お前を探しもしないで

島に帰ったっ!お前を置いて、また逃げ帰ったっ!!」

  告白を終えたあとの呼吸は、荒れに荒れる。

飲み込んで隠すこともできないで、むせる。

畳に突っ伏したところで、総士に捕まった。

しっかり背に手を回されて、離れられなくなった。

自分が叫んだ後だから、今度は総士の番になるのは当たり前だった。

こちらは”本当”を言った。

見合うのは、総士の”本当”だけだ。

「優しいな、一騎は・・・・・」

まわされた腕に力がこもる。

けれどすぐに腕は離れて、顔を上げさせられる。

信じられない言葉の繰り返しだったから、顔を上げてどんな細かなことも拾わなければならないように思った。

だから顔を上げた。

「嬉しい・・・・・。だから僕は、ここに帰ってきたかったんだ」

総士の表情は明るくて、変わっていない。

「それが、総士の”本当”なのか?」

恐る恐る訊ね返すと、頷かれた。

「ああ。・・・・幸せだ」

  全部を吐き出してしまったら、頭の中に、なにも残らなくなってしまった。

全てがぼぅっとしてしまって、総士の顔ばかり見る。

「納得したか?一騎」

総士の言葉を理解するのにすら時間がかかった。

やっと飲み込んだ後で、自分の中を探す。

他に言うべきことはまだあったんじゃないかと。

けれど言った先から全て許されてしまって、感謝までされてしまって、もう何も無いようにも思える。

いや・・・なくなってしまった。

(ならもういいんじゃないかな・・・・・・)

  総士は、前に座ったまま待っている。

このままずっと黙っていても、待ち続けてくれるに違いない。

・・・・今日、ここで許された時間は15時間しかないのに・・・・。

もう数時間しか残っていない。

楽になった。

もうこのまま一日が終わって良いほど心は楽で、穏やかだった。

だから今度は・・・・・・。

「そうだ総士っプレゼント!!」

叫んで、いつの間にか手元から消えていた紙袋を探す。

紙袋は、総士を押し倒したときに蹴ったのか、部屋の隅に転がっていた。

慌てて駆け寄り拾って戻る。

「おめでとうっ!!」

突き出す!!

「・・・・開けてもいいか?」

「ああ」

  総士の手に、いままでずっと手元にあったプレゼントが渡る。

手編みの白いセーター。

お祝いを贈りたくて、でもただの物をあげたくもなくて、悩んでいたら仲間から助言されたもの。

男に男が手編みはどうかと反論したら、全員から猛反発をくらった。

”今更何だ!!”

そのときの声が耳奥にする。

流されるように了承したら、編み方修行に羽佐間家に送り込まれた。

それ以来、ずっと通った。

「それ、外で着るのはやめた方がいい」

赤面しつつ、ボコボコなセーターを指して言った。

「部屋で体冷やさないように一枚多く着るときとか、そういう時に着てくれ」

初めて、総士が困ったような顔をした。

そうなってようやく気づく。

「で、でもマフラーはまっすぐだったし、ちゃんとなったと思うんだ!!」

言い訳の間に総士がセーターとマフラーを身につける。

その間もせききった言い訳は止まらない。

「セーターは失敗して、マフラーで何とかしようと思って。・・・・そんな風に思ったって言ったら、総士

が困ると思って、手袋も作ろうとしたら、そっちは全然ダメで、帽子は間に合わなくて・・・・・」

「そんな裏話までしなくていい」

「でもやっぱり・・・・」

「やっぱり?」

「全部白にして良かった・・・・」

  総士が、白を身につけているときが好きだと思う。

女子連合に、白は編んでる最中に毛糸が汚れて大変なことになると詰め寄られたけれど、逆らってよかった。

改めて心からの気持ちを呟く。

そして、あの日からずっとこの日に抱えていた気持ちを思い出す。

「誕生日、おめでとう」

「ありが・・・・」

総士が言い終わる前に、総士を抱き寄せる。

「総士、気持ちいい・・・」

もう二度と、あんなに離れて祝うことは無いんじゃないかと思う。

そう思う理由。今の距離を総士を抱きしめることで確かめる。

鼻先で笑われてしまっても、総士ならば嫌じゃない。

そんな無茶をしたのだけれど、ちゃんと礼は繰り返された。

「・・・・・・ありがとう」

総士の、一番花の様な笑顔を見たと思った。





END




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