オートマトン×刹那(白ver)


『まさか』

 ヴェーダ本体の前で刹那・F・セイエイが弾き飛ばされた。

 それを見たティエリアが慌てて重力装置を切ったところで時既に遅く。刹那に全力で体当たりをかましたオートマトンは浮かび上がり四肢をジタバタと動かすが、オートマトンの角あたりがもろに腹部に衝突したらしい刹那は、腹を抱えてうずくまったまま、動かない。

『なんだこれは』

 少なくとも数十年はヴェーダの中で眠るつもりであったのに、ものの2日でたたき起こされることになるとは思わなかった。ヴェーダの一部の機能はトレミーの仲間達にこれまで通り完全開放していたが、まさか刹那自身が乗り込んできて、純粋種の脳量子波でヴェーダの全システムを強制的にフル稼働させるとは。

 そして目覚めた瞬間視界に入ったのが、オートマトンにふっ飛ばされた、来るべき対話への期待の星の姿だったのである。

「赤ハロが言うには……」

 息も絶え絶えになった純粋種がこぼす。

「俺に惚れたらしい……」

『何ッ?!』

 ヴェーダ本体は『それはありえない』と返答する。ティエリア自身は、驚愕する。

 ヴェーダ本体は引き続き『ありえない』と返答するが、ティエリアから見て、そのオートマトンはひたすら無重力下の中で刹那・F・セイエイに一歩でも近づこうと足掻いているようにしか、見えない。

『どういうことだ。刹那』

「つまり……」

 否定し続けるヴェーダ本体を黙らせ、ようやく落ち着いて顔を上げた刹那と向き合う。といっても、刹那がヴェーダを見上げただけだ。

 つまり。

 コロニー・プラウドにて、刹那が沙慈・クロスロードを救出しがてら、全力で蹴り倒したオートマトンが一台あったらしい。倒れたオートマトンはその直後、刹那の放ったプラスチック爆弾の爆発に巻き込まれ、機能が一時麻痺した。その間、刹那達はプラウドを脱出した。

 その後、そのオートマトンは回収された。そして、前回のヴェーダ奪還の戦闘でトレミーに侵入した部隊に組み込まれたらしい。トライアルシステムにて機能を停止され。

『気付いたら愛しの人が目の前にいたというわけか』

 刹那の言い分だけではなく、オートマトンの言い分も聞かなくては。そう言い放ったティエリアは、一人と一台の話を交互に聞いていく。

『刹那、赤ハロの説明に解説を加えよう。彼は、君に蹴られたことに衝撃を受けたそうだ』

「蹴ったからな」

『抹殺する予定の人間に蹴られるとは思わなかった。衝撃を受けた瞬間、彼は君に恋をしたらしい』

「待て、ティエリア落ち着け」

『僕をヴェーダと同じと思ってもらっては困る。僕はヴェーダだが、人間だ』

 刹那がオートマトンからますます離れようとすると、オートマトンは切なげに一層滅茶苦茶に四肢を動かし、刹那の元へと近づこうとした。

『君はこのオートマトンに何かしようとしたか?』

 直に抗議をしたいらしい刹那が、腰のスラスターから酸素を吹かせ、ヴェーダに近づいてくる。

「エクシアの修理に部品を使おうと、解体作業に入った」

『脱がせたわけだ』

「なっ」

『彼が再び意識を取り戻した時、君は彼の目の前にいて、なお且つ彼の装備を一通り引きはがしていたわけだ。責任を取れ刹那、あきらめろ』

 ティエリアに的確な通訳をされ、オートマトンは幸せそうに赤いレンズを点滅させ、感謝の意をヴェーダに伝える。

 オートマトンに頷き返した後、ティエリアは刹那に引導を渡す。

『エクシアの為だと言ったな。彼はその時のエクシアに対する君の熱烈な態度を見て、君との恋愛関係の成功可能性を0・1%以下から92%にまで引き上げたと言っている』

 刹那の呆然とした表情は、見ていて楽しい。

 その表情が険しくなる。どうやら、最後の論戦に持ち込もうとしているようだ。何を言われても言い返せる自信はある。というか、刹那に負ける気がしない。刹那の前でひそかに構えた。

「ティエリア」

『何だ?』

「「彼」と言ったな。俺は男を相手にする趣味は無い。あいつにそう伝えろ」

 笑った。論破の必要性すらない。

『オートマトンに性別があると?』

 冷や汗をかくほど、刹那が必死であることがわかる。リアクションもオーバーなものへ。腕を大きくふるい、否定する。

「なら、俺はエクシア一筋だ。悪いが、あいつを受け入れられない」

『ダブルオーを捨てる気か?』

「ダブルオーはイアンが最優先で修復作業中だ!エクシアは恐らく最後になる。何カ月放置されるかもわからないっだから俺が!」

『その真摯な君を聞いて、ますます惚れたと言っているが?』

 ぎょっとした刹那が後ろを振り返る。

 赤いレンズを点滅させるオートマトン。

『相手をしてやれ刹那。彼は本気だ』

 ぎょっとした刹那が縋るような目でヴェーダを見てくる。ティエリアを。

「こいつのプログラムを書き換えようとしたし、フェルトにも、ハロにも全色頼んだ……だが無理だった。常に体当たりとひき逃げをされて、俺の体も限界だ。寝ようとするとベッドに押し付けてくる。ろくに眠れない。最後に頼れるのはティエリア、お前だけだ」

『人の色恋沙汰に手をだせと?』

「頼む」

『体当たりもひき逃げも、彼の愛情表現だ。彼なりに、食事時間の遅れや、会議の時間を君に告げていた。ベッドに押し付けているのは、君が睡眠中に誰かに襲われないよう守護している為だ。君が機銃を彼から外してしまったから、彼は身を挺して君を守っている。だとしても?』

 とうとう俯いてしまった刹那を見つつ、プログラムへのアクセス画面を立ち上げる。俯いてしまう辺りが刹那だと、たった二日なのに懐かしく思う。

 そろそろからかうのをやめて刹那を解放してやろうと思ったが、それにしてはオートマトンが健気なプロテクトをかけていて、不憫だった。

『刹那、プログラムの書き換えには1秒もかからないが、彼に伝えておくことはあるか?』

「……」

 念のため、刹那に確認を取る。人の記憶と違い、機械のプログラムは一度きりのものだ。同じプログラムを入力したとしても、彼としてのシステム・人格は二度と戻らない。通常であれば消すことは、取り返しのつかないこととなる。

『あるなら』

 刹那が咄嗟に顔を上げる。「待て」と、告げられた気がした。

「ティエリア」

『なんだ?』

 刹那が言葉を見つけるまで、待つ。

「こいつは俺に何を望んでいるんだ?」

 やっと見つけた言葉がそれかと、笑った。刹那らしかった。

『検索事項は、オートマトンの恋愛手段でいいか?』

「ああ」

 本来は、検索などする必要も無かったのだけれど。

 物の考えなど、単純なものだ。

 ただ、物以外には聞こえないだけで、彼らは、エクシアもセラヴィーもダブルオーも、同じことを言う。

 ただ、聞こえないだけだ。

 データで伝える気分などさらさら無く、声に出して伝えた。

『君の傍にいたい。役に立ちたい。ただそれだけだ』

『君が使うなら使えばいいし、使わないのなら、電源を切っておいてくれればいい。たまに、埃を払いに来てくれるなら、それでいい』

『機銃を二度と取りつけなくても、オートマトンとして使わなくても、構わない』

『君以外に仕えるつもりはないし、使われるようものなら、全システムをダウンさせる。安心してほしい』

「……重いな」

『オートマトンだからな』

 冗談を返したつもりだったが、刹那から笑い声は返らない。

「……オートマトンにここまで意識があるとは思わなかった」

 膝を抱えて丸まりそうなほどの刹那の落ち込みよう。

 次の返事をひたすら待った。

 刹那が顔を上げる。苛烈なまでの意志のこもった瞳。赤い、大地の色。

まっすぐに見つめられる。

「連れてかえる」

『いいのか?』

 護衛のようにオートマトンを引き連れる刹那の姿と、オートマトンがトレミーの通路を占める割合を瞬時に想定し、聞き返す。「なんてものを拾ってきたのか」と声高に憂うスメラギ・李・ノリエガの声を耳の奥で聞きながら。

「二度は言わない」

 刹那の声に頷く。オートマトンのプログラムに情報を追加する。これ以上、オートマトンが対象者に体当たりやひき逃げを行うことのないように、力加減を教えていく。

『他のMSも落せなくなる?』

 妙なところが真っ直ぐな刹那が、明後日の方向にとんでいかないよう、確認した。

「まさか」

 即答が返る。

「彼らは彼らの主に仕えているのが喜びなのだろう?」

 頷いた。

 重力装置を入れる。オートマトンが刹那の元に駆け寄る。体当たり直前で急停止。

「エクシアに……」

『どうした?』

「エクシアに何て言えば……」

 浮気者と、ののしるMSでも無いだろうに。

『両方大切にしてやれ』

 まっすぐに、ヴェーダを見上げてくる刹那。

「エクシアと、こいつと、ダブルオー……」

『純粋種の君なら、造作もない』

 笑う。刹那が、ここに来て初めて。

「当然だ」

 頼ってくれてありがとうと伝えた。二日目にして、たたき起こされることになるとは思わなかった。

『こんな理由で』

 笑う。刹那が。困ったように。憎めない。

 オートマトンが刹那に懐いている。よくわからない状況。

『困った奴だ』

 何をしでかすか全くわからない仲間。

「お前も何か困ったことがあったらいつでも俺に言え」

 笑った。ヴェーダに、困ったこと?

 冗談を微塵も含まない言葉だった。嬉しい、言葉だった。





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 眠る前の寝室で赤ハロが跳ねる。

 明かりを落とした空間の中、オートマトンの赤いレンズが点滅する。

 赤ハロとオートマトン、それぞれの頭を撫でた後、壁に向かって寝返りをうった刹那が、二機に背を預け、眠った。

                               END