遺体


 GNアームズの爆発があの距離であった。

傍にいたロックオン・ストラトスが無事である筈が無かった。

もう手遅れだと知っていて、知っていながら、やっとたどり着きたかった場所に着く。

何も無い……破片しかないはずだった。

それを望んでいた。

けれど、ソレがあった。

どうしようもなく恐いもの。

ロックオンの死体。







 拾おうとした。

エクシアを操縦し、手にひっかけてコックピットにまで寄せようとした。

もし彼が生きているなら彼の方から近づいてくるだろう。

それが無い。

ではそれは、本物だ。

手ごたえは無かった。

何の抵抗も無かった。

浮かんでいるものを回収する。

それだけ。

 かつて一度もしてこなかったことをした。

死体に話しかけた。

もしかしたらと思って。

「ロックオン?」

 生まれて初めて、一番優しい声が出せた気がした。

自分のものでは無いような声だ。

こんなに優しい自分を、自分は知らない。

こんな世界の中で、組織の中で、戦いの中で。

それでもこんな声が出せるようになっていた。

「ロックオン、無事か?」

 頬が引き攣る。微笑んでいる。

彼が大丈夫だった場合、取り乱しなどしていたらからかわれてしまう。

泣いていたら、心配されてしまう。

 微笑んで、優しい声で。

聞かせたかった。

どんな感想を言ってくれるのか、聞いてみたかった。

「ロックオン、聞いているか?」

 エクシアを操縦する。

仲間の一人を引き寄せる。

もしかしたら、通信機の故障かもしれない。

あれだけの衝撃だ。無事である方がおかしい。

「ロックオン?」

 優しい声が震えていた。

それも初めてのことだ。

仲間の死体に動揺するなど。

今までありえなかったことだ。

とっくの昔に慣れてしまったことだ。

 コックピットを開放する。

漂うモノに手を伸ばす。

(頼むから……掴み返せ……)

伸ばしきった手のもう少し先だった。

身をエクシアからほんの少し乗り出せば届く距離。

 あの時は昔は、幼い日戦っていた時はあっという間で。

死に物狂いで駆け寄った。駆け寄り抱きつき、死に物狂いで担いで走った。

尖った石だらけの道を引き摺って傷だらけにして、仲間の体を壊しながら走った。

元気なうちはそうすることが当然だと信じていた。

こんな、何処だかわからない場所に仲間を置いてはいけなかった。

せめて、何と戦って、どうして死んだのか誰かに伝えたい一心で。

その証明として、もはや何も言えない彼が最後に自分の証明として示せるものが死体だと信じていた。

死んだのだ、立派に戦って。

死んだのだ、苦しんで。

その証明を、仲間に、リーダーにしなければならないと思っていた。

仲間に手を貸すのは当たり前だった。

病原を持ち帰るなと、帰った場所で殴り殺されかけるまでは。

仲間の死体を持ち帰ること、それは。

(悪いこと……だった。あの時は)

 息を飲む。

これは、あの時殺されかけて以来の行為だ。

伸ばした手が止まる。

これは、あの日には無かったことだ。

引き寄せて、顔を見るのが恐ろしいなどと。

あの時は誇らしかった。

今は。

「ロックオン……」

あのA.Iのように、呼び続ける。

「お前が……」

声が震える。

エクシアの手のガードで、動かない体がそのまま漂って何処かに行ってしまうことは無い。

あともう少しの距離に浮かび続ける。

「お前が……恐い……」

 無理に微笑むせいで頬が痙攣する。

目を瞑る。

歯を噛み締める。

全身の震えを止める。

渾身の力で乗り出す。

抱きつく。

渾身の力で引く。

コックピットの中に連れ込む。

ハッチを閉めた。

いつの間にか止めていた息を吐き出す。

目を開ける。

振り返った。

バイザーの割れた……。

 顔に力が入らなくなる。

触れようとして、触れられなくなる。

シートに、戻る。

過去に感謝する。

今、死体を前に何をすれば良いのかわかる。

息を吸う。止める。

振り返って彼に手を伸ばす。

ベルトでロックオンを固定する。

慣れた作業だ。

作業だけは。

割れたバイザーの中の顔が見えた。

見たことも無い表情で止まっていた。

ロックオンのものでは無いような顔だ。

かつての自分では無いような自分が、かつて見たこともないロックオンを前にして、やはり同じように止まる。

シートの脇からエクシアの操縦桿を掴む。

その位置からでは上手く引けなかった。

「お前が操縦すればいい……ロックオン」

 独り言だと、知っていた。

この先、ともすれば永遠に独り言を呟き続ける羽目になることも。

避けるためには何処かで諦めなければならないことも。

 体を乗り出す。

固定しきれなかったロックオンの腕が浮かびあがって、顔にあたった。

潮時だった。

最後の独り言を言った。

いつの間にか思い出していた、真心を込めて。

そのせいで苦しかった。

心の底から。

「帰ろう」

 操縦桿を引く。

エクシアが飛び立つ。

今は、ほんの一時の敵襲の可能性がゼロの時間帯。

それに安心しているのか、平気で涙が流れる。

モニターが霞む。

 いまから帰る場所は、ロックオンが本当に帰りたい場所ではないかもしれない。

ただ、それでも。

それでも待っている人間がいる場所ではある。

その場所に運ぶ。

仲間として、彼の帰りを待っていた人間の一人として。

彼に、生かして貰った人間として。

















END










死体を持ち帰るのはもはや悪いことではなかった。