内緒話
何か呟きたかった。
この殺風景な部屋にも。
でもあまりに慌しくて、黙って見守っていることしか出来なかった。
バスルームの方に駆け込んでいった総士が、スカーフを巻きながら同じ勢いで駆け出てくる。
チラッと目が合った。
総士の、ぎょっとした目つき。
笑いたくなった。
「一騎・・・・・・いつまでそんな格好で・・・・・・」
そんな格好。
総士のベッドの上に座って、何も着ていない。
笑って、思い切り背伸びして、ベッドに倒れこんだ。
「一騎!!」
怒鳴られる。
知るものか。
今なら言えた。
天井を見ながら言えた。
涙が決して零れることの無いように、上ばかり見ていた。
まばたきを耐えた。
「行きたくない」
戦いなんて。
ファフナーなんて。
出撃したまま死ぬかもしれないなんて。
「・・・・・・今更」
総士の意見は当然来ると、構えていたものだった。
正面に、威圧するように壁のように立たれることも。
怒気を含んで言われることも。
せり上がってきていた涙が乾いたのを感じて、目を閉じる。
総士に、言い聞かせるつもりで言った。
「そう。今更なんだ」
眠れるものならこのまま総士のベッドで眠ってしまいたかった。
サイレンが煩すぎて、どうしようもなかった。
返事が無い。
薄目を開けた。
天井の明かりが滲んで見えた。
総士が、指先が白むほど手を握っているのが見えた。
(どうするんだ・・・総士・・・)
この涙は、戦いを恐れる涙ではない。
死を拒絶するものでもない。
言いたかったことが、やっと言えたことを喜ぶ涙だ。
それを、お前はどう取るのか。
説明は何も無しに。
ふざけた取り方をしたら、殺してやる。
もう一度言った。
「行きたくない」
こたえを・・・待った。
「お前を乗せるのが、僕の義務だ」
歯を噛み締める。
そんな言葉が聞きたいんじゃない。
腕を取るな。引くな。立ち上がらせようとするな。
そんな言葉で、動きたくない。
抵抗を、脱力で示す。
何もしない。殺すなんて嘘だ。だから、俺を乗せようとするな。俺がさっき言ったばかりの言葉を、ちゃんと
聞いてくれ。それだけでいい。それだけでいいんだ。
総士の片腕だけの力じゃ、起き上がるどころか腰すら浮かない。
てっきり起こしてくるとばかり思っていたのに、突然ベッドに落とされた。
見捨てられて、総士だけ部屋を出て行くのだと思うと笑えた。
突然。
総士に肩を掴まれ引き寄せられた。
思わず目を開けて総士を見る。
何の表情も浮かんでいない顔。
そっと、耳打ちされた。
「乗せたお前を生かすのが、僕の仕事だ」
まるで内緒話。
気付いて、震えた。
興奮や、愛しさよりも・・・・・・恐ろしかった。
(・・・・・・が滅んでも、ファフナーに乗っていれば生き残れる)
そういうことだと、思った。
だからこそ、こんなふうに青ざめた顔をいつもしている。
ありえない考えを頭の隅にいつも持っているから。
やっとのことで、吸った息を吐く。
震えを止めるのでやっとだった。
小さな返事を総士に返すので精一杯だった。
「行く」
僕ら二人、根本的に、裏切っているから。
END