全て貴方に




 別に嫌らしいことをしているつもりはない。関係の無い人間に咎められる覚えもない。

でも総士に擦って貰わないと一番最初に自分がどんな形をしていたのか思い出せない。

麻痺した一騎の体に総士の体が絡み、一騎の形をなぞってくれる。

足を割ってナイフは取り出せないし、千切れた腕はちゃんとついていると、わからせてくれる。

剣となった手は元に戻って、今は総士の手と指を絡めて握り合うことができる。

 最初のうちは、スタッフの一人にやって貰う話になっていて、実際にもやってもらったのだけれど

恥ずかしいのと、他人の手に体中を這い回られる気味の悪さで発狂しそうになったのでやめて貰った。

 代わりに、総士。

総士に頼んだ。

マークザインが島の戦力に追加されたばかりで息継ぎもままならない忙しさだった筈の総士が、

やけに素直にお願いを聞いてくれて、それが本当の総士を見せてもらえたようでやけに嬉しかった。

当然、触られても気持ち悪くなかった。

むしろ。

「総士・・・・・・きもちいい・・・・・・」

恍惚として呟けば、額に汗を浮かべた総士が擦る手を止め顔を上げる。

「他にどこか擦って欲しい場所は?」

訊ねられて、ほとんど人から外れた思考状態の中でなんとか言葉を思い出す。

「足の・・・・・・腿の・・・・・・一番たくさん刺さる場所・・・・・・」

針が抜かれた後は、ガチガチに固まる場所。

「あと肩・・・腕・・・」

一番寒さを感じる場所。

 一騎に教えられた場所が真っ赤に火照るまで、総士はすぐさま力を込めて擦ってくれる。

こんな自分に尽くしてくれる今の総士の存在が嬉しい。

まるで総士が、一騎専属の何かになってくれたような気がする。

小さなことだけれど、それだけで充分すぎるほど幸せだった。

総士が触れてくれることが嬉しすぎて涙が出る。

(良かった・・・・・・)

自分にはまだ、人の優しさを喜べる心が残っている。

壊したり、殺したいだけじゃない。

この気持ちを、まだ人の言葉が喋れるうちに一番大好きな総士に伝えておきたかった。

「寂しいんだ・・・いつも・・・戦いの後は・・・・・・」

総士の手は止まらない。

総士の顔を直接見たらそのまま泣きそうだったからその方が良かった。

「でもこうして総士に・・・触って貰えると、俺は一瞬だって一人にならないんだ、もう大丈夫なんだって

実感できる。それってすっごく嬉しいんだ。凄く凄く嬉しい・・・・・・このままでいられるなら、

何回だってファフナーに乗ってもいいって思う。これで死んでも、別に構わない」

擦ってくれた手が止まるのを感じた。

年下の子に教えるように、からかうように笑って言った。

「わからないだろ、総士には」





世界で一番大事な人間を、命一つで独占できる幸せ。





*****     *****     *****     *****     ***** 







「そんなことを一騎に言われちゃったんだ」

ベッドに腰掛けた乙姫の足に縋りつくようにしてうずくまる兄の頭を撫でながら、島のコアはからかうような声を

かける。

「可哀想な総士」

そう言われてますます身を固くする総士に、撫でていた手を一度止め、背中にまで手を伸ばしてそっと抱きしめた。

「それは・・・・・・悲しかったね、総士」

腕の中で兄の体が震える。

「一騎は全然、わかってないね」

頷くことも返事を返すことも無く、伏せているだけの総士を撫でる。

総士は撫でられたいが為にこんな姿勢でいるわけではなく、乙姫が撫でなければただ伏せているだけ。

ただ撫でたかった。

声を、かけたかった。

せっかく外に出たのだから、唯一の家族にガラスの隔たり無く触れてみたかった。

これまでと違うことを、したかった。

 何年も何年も前から、総士は心の緊張が途切れそうになると、こうして乙姫の前にふらふらと現れては、勝手に

かしずいて、その身の全てを委ねてくる。

どういうつもりかわからないし、聞くつもりも無い。

きっと総士自身、わかっていない。それが総士の、総士らしいところだと、思う。

 いつもこうして帰ってきてくれる。

どれだけの期間、会わなくても。

もしも帰ってきてくれなくなったら、寂しいし、悲しいと思うのかもしれない。

そんなことは考えられないけれど。

(これが、焼き餅なのかな)

一騎と戦うようになってからは、随分長い間会いに来てくれなかった。

久しぶりに総士の方から会いに来てくれたと思ったら、理由は一騎だ。

だからといって、総士の傍から一騎を離すつもりは無いけれど・・・・・・。

「一騎の勘違いが、悲しかったね、総士」

乙姫を求めた理由すらわかっていない総士に、ヒントを渡す。

理由の解釈を不器用に間違えて、自分で心を傷つけないよう。

「戦っている時、一騎は一人じゃないけれど・・・・・・一人なのにね」

一騎は一人で戦って、一人で死んでいくのだ。

その場に総士はいない。

ただ遠くで、一騎の死を受け取るだけだ。

総士が優しくて、一度もジークフリードシステムを止めないが故の勘違い。

それなのに優しさに自惚れて、かえって総士を傷つけてくるとは。

(少しオイタがすぎるかなぁ・・・・・・)

つい最近、芹ちゃんに教えてもらった言葉。

 今一騎は、家に帰っている。

父と向かい合って、食事をしている。

何やら、幸せそうだ。

総士はこうして他の人間に一瞬でも顔を見られないように、必死でいるのに。

「もうちょっと、このままでいよっか・・・総士」

荒れた心が落ち着くまで。

喘がなくて、済むまで。

いくらコアでも、それくらいはできる。

少し前までのように、総士が目の前で苦しんでいても抱きしめることも慰めることもできなかった

時とは違う。

 生まれた瞬間から今日この日まで、これからもずっと。

心も体も全て費やして命ごと乙姫に尽くし続けてくれる兄に、欲しがる全てを与えてやれる。











貴方が一生を尽くして私に身を捧げる代わりに

私は全ての安寧を貴方にあげます。





END