手を繋ぐ


まだ総士に傷が無かった頃、総士と二人真夏の砂浜の上で寝転がっていた。

炎天下の暑い空の下、大の字で二人並んで。

「もうそろそろギブアップしてもいいんだぞっ」

「まさかっ」

学校からの帰り道、どっちが強いかという話になって。

自分の方が足が速いといったら、お前よりも我慢ができると笑われた。・・・ことにむかっ腹がたった。

体育でいつも見本になっているのは自分。総士はいつも見ているほう。

リレーで自分はアンカーか先頭。総士は安全パイ。・・・と説明していったら、すぐに結論がでた。

『勝負!!』

どうせなら総士の一番得意としているもので敗北を叩きつけようと、我慢比べをすることにした。

真昼間の浜辺で寝っころがって、いつまでもつか・・・・。

普通に横になったら、火傷じゃ済みそうに無いくらい砂が熱かった。

もう若干汗ばんでいる総士と顔を見合わせる。

こっちも、髪の生え際から汗の雫が滴り落ちた。

同時に海の中へと駆け込んだっ。

頭まで潜ってすぐに引き返す。

引き潮で海が引いたばかりの湿った砂の上に倒れこむ。

太陽は一瞬だって見れやしない。

ほんの少しで瞼の裏が真っ赤になった。

「一騎はリレーで転んで泣いたじゃないかっ!僕は転んだって泣かない!!」

「あれは悔しかったから泣いたんだ!!痛くて泣いたんじゃない!!・・・・・俺は机をふたつ、一緒

に持って運べるぞ!!」

「一つずつ運んだ僕の方がはやかった!!」

「一輪車乗れないくせに!!」

「一騎が乗ってるの、空気が抜けてる奴じゃないかっ!!」

「箱ブランコっ!一番大きくこぎ続けてもずっと掴まってられる!!」

「前それやって一騎が4メートルぐらい吹っ飛んでったの見た!!」

「でも怪我一つしなかった!!」

「化け物!!」

 声を一段と大きく出そうとする。

暑くて、声が出ない。

それは向こうだって同じだろう。同じでなきゃ、こっちより総士の方が化け物だ。

暑いし・・・痛い。結構すぐに苦しくなった。

(海・・・入りたい)

自然とそう思った。

思ったけれど、自分としては思ったことにしたくない。

「総士っ!!海入らないのか?!!」

赤い瞼に緑色のものが混じってきた頃怒鳴って聞いた。

一声あったら二人して海に突撃しようと思っていたのに・・・・。

「ぜんぜん平気」

涼しい返事が返ってきて途方にくれた。

「知らないからな!!」

夢中になって大声を上げるしかできなかった。

 汗が、顔どころか全身から湧き出して止まらない。

耳の中に心臓が移動してきたようだった。

薄く唇を開いて息を吐き出したら、ぎょっとする程熱い吐息が漏れた。

目を開けて、隣の総士の様子を伺おうとした。

開いた瞬間、青空が見えるはずなのに、よく見えなかった。

「やっぱり・・・勝負を変えよう?」

 もしも総士が自分と同じなら、総士の耳も、心臓の音しか聞こえないだろうから、聞こえるように

わざとゆっくり言おうとしたのに・・・・声すら出なかった。

 自分の体が怖くなった。

(体が変なふうになってたらどうしよう・・・・)

今まで考えもしなかった思いが外に吹き出た途端、汗よりもひとまわり大きな涙がどっと両頬に流れた。

体中、いつの間にか痺れてしまっていて、首骨の鳴る鈍い音を聞きながら総士の方に顔を傾ける。

これ以上身体から水が出てはいけないのに、涙が止まらなかった。

涙が、顔に新しい道を一気に作った。

「・・・・・やっぱり、僕の勝ちだ」

目だけ、総士と合う。

何も言えないでいると、総士はさっさと、身体を起こして立った。

「気持ち悪い・・・」

冷たい声を落としてくる総士に、急に両足を掴まれた。

(総士の手・・・熱い)

粘ついた口で言葉にしようとしたとき、波の中まで引きずり込まれた。

乱暴に扱われたけれど、文句は言えない。

「おじさん呼んで来る・・・」

棒読みの言葉はそれが最後で、やがて顔の辺りに落ちてきていた総士の影も気配も消えた。



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 ”良い酒が手に入ったから”と、フラリと立ち寄った真壁家に、めったに出くわさない皆城公蔵が

突っ立っていて、溝口恭介は度肝を抜かれた。

『うちの総士が馬鹿な真似を・・・』

『いや、頭の詰まっていないのは一騎だ・・・』

二人揃って頭を下げあっっているなどというのは、めったに見られない。

「なぁにやってんだぁ?」

「溝口?」

今更遠慮も無く戸口を開けると、これまた揃って二人の父親は頭を上げる。

「子供達が浜で我慢比べを・・・」

「はぁ?!!」

「長く寝そべっていられたほうが勝ちだったそうだ」

「それで生きてんのか二人は!!」

 ・・・まぁ、親二人の様子を見れば、無事なことはわかるのだけれど。

それにしても、今日の気温と天気を思えば・・・・。

「総士君がここまでフラフラやってきて突然うずくまるから・・・」

「玄関口にとんだ粗相を・・・」

「いやいや・・・喉につまらなくてよかった」

また頭を下げあい始めた二人を置いて、ひとまず奥に上がる。

子供達の様子を、一目見ておこうと思った。



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玄関口で、自分の親と、一騎の親が謝りあう声が聞こえる。

砂に比べたらずっと冷たい布団の上で、この後怒られることを思ってため息をつく。

体ごと寝返りを打って一騎の方を見たら、額に乗せていた氷袋が転がり落ちた。

「一騎ぃ・・・だいじょうぶ?」

まだちょっと・・・上手く舌が動かない。

「ん・・・・・」

反応のような返事の後、一騎は赤ペンキをかぶったような顔を向けてきた。

「・・・・・寒いね」

さっきまであんなに熱かったのに、一騎の父親に風呂場で一時間近く水シャワーをかけられたまま、

放って置かれた感想を言う。

「うん・・・・・」

一騎もまた、風呂場に同じく荷物のように放り込まれた。

診断に来た、遠見先生が悲鳴を上げるまでずっと・・・。

「注射、痛かった?」

「うん・・・」

「僕、きらい」

「・・・・・・も」

「・・・熱出ちゃったら遊べないね」

「・・・やだね」

「やだ」

かけられたタオルケットの中に隠すように呟きあう。

一騎が大きく体を震わせ、体を縮めた。

「寒い?」

「・・・・・寒い」

タオルケットじゃなくて、布団か、毛布が欲しい。

「寒いと死んじゃうって前お父さんが言ってた」

「・・・じゃあ俺死んじゃうの?」

「うん、でもちょっとでもあったかかったら平気なんだって」

思い出したままを言ったら、一騎が涙を浮かべてしまった。

そんなつもりじゃなかったから、慌てて付け加える。

「ねぇ一騎、僕の手すごく熱いから手をつなご?そしたらきっと平気だよ」

泣きそうだった一騎の顔が、和らぐ。

「俺の手も・・・・熱いよ?」

おずおずと返された返事に自然と笑みがこぼれる。

「じゃあ僕も平気だ」

 だるくて、棒のようになった手が二つの布団から伸ばされて、指同士が交互に絡んでかたく結ばれる。

「タオルケット・・・二枚重ねたほうがあったかいとおもう」

「じゃあもうちょっと、そっちに行く」

一度結んだ手は決して放さないで、モゾモゾ動いて移動する。

「遭難すると、こうやってあったかくするんだって」

「この前晩御飯のときテレビでやってたやつ?」

「そう」

 頭までタオルケットをかぶると、タオルケットはテントになる。

そのうちテントの中がとてもあったかくなってしまって

いつの間にか眠ってしまった。



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 溝口は、奥の部屋の襖を子供達が起きないようにそっと開いた。

(あ〜あ、蹴っ飛ばしちゃってまぁ・・・・)

タオルケットがテントの残骸であるとも知らないで、

拾い上げると寄り添いあって寝ている子供達にそっとかけようとする。

(こんなに真っ赤になっちまって・・・明日から地獄だぞ)

 その時、しっかりと握りあっている手に目が止まった。

目を細めて、覆い隠すようにタオルケットをかける。

(しっかしまぁ・・・・こんなこっ恥ずかしい真似ができるたぁ・・・)

 繋がれた手と手。

 寝相の悪さに絡み合っている半ズボンから伸びた足。

 汗ばんだ肌。

「子供ってぇのはホント・・・・・・変態だな」




END
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