とりかえっこ
悪戯・・・・・・という程、性質の悪いことではないけれど。
やるときは、こっそり誰にも気付かれないように。
その方が楽しいし2人っきりの秘密っていう、ちょっとした価値がある。
総士が朝の会議に出ていた時に、一騎が身に着けていたスカーフは総士のもの。
総士の着ていたものが首筋をくすぐるのが嬉しくて、一騎は襟の中から何度も掴み出して頬に押し付けた。
総士の上着は羽織っていれば絶対に凍えなかった。
ベストを着ると、背筋が伸びた。
総士に会う度
『頂戴』
と言って、何か一つ渡してもらう。
貰ってばかりも悪いので、代わりにはなりそうもないけれど、見た目だけそっくりな自分の制服と代えてもらう。
貰ったものは、お菓子よりも甘かった。
けれどお菓子はすぐになくなる。
味わってしまえばそれでおしまい。
物足らない。
「なぁ・・・・・・総士、もう一つくれないか?」
バーンツヴェックを降りた総士に頼み込む。
総士ももう慣れっこなのか、さっさと靴を脱いで離れた、
ちゃんと揃えてくれる辺りが総士らしくて、ニコニコ笑いながら総士が脱いだばかりの靴を履いた。
満面の笑みのまま総士を見ると、総士もにっこり笑ってくれた。
「総士、次はどこに行くんだ?」
先に歩き出した総士の後を追って、総士の靴を鳴らす。
自分の部屋だと総士に言われて、また外で待っていると言い返すと苦笑された。
苦笑ですら、おいしかった。
「外でなくて、中に入ればいいのに・・・・・・」
控えめに出された提案を笑顔でかわす。
「いや、いいよ。外で待っていたいんだ」
「外って・・・・・・僕はもう眠るだけだ。今日外に出ることはこれ以上はない」
「わかった。待ってる」
「一騎?」
ちょっとへんなことを言うと、総士じゃすぐに気にして反応してくれる。
心配そうに顔を覗き込んで、そう、そうやって前髪をかきあげてくれて、さも困ったような顔をしてくれる。
けど、これもお菓子と同じで、食べてしまえば『もうない』。
でも、今日はここまで。
総士のことが大好きだから、これ以上の嘘はつけない。
「いいよ。総士のズボン、俺にくれたら帰るから」
そんな風に言うと、総士はほっとしとように笑ってくれて、さっさと部屋の中に入ってく。
総士について入って、総士のズボンと、まだ貰っていないものを全部取り替えて
総士に足りないものがないように、こちらの全部を総士に渡して外に出た。
ドアまでたどり着く一歩手前で、総士から声がかかる。
「その格好で帰るのか?」
振り返って頷いて、ドアの向こうに一歩下がった。
「おやすみ」
ドアが閉まる。
ドアの向こうに総士がいる。
「おやすみ」
優しい声がすぐに返ってドアが閉まった。
ドアの向こうに立ち尽くす。
この体中に身に着けているもの全部、総士のものだという事実。
幸せで幸せで、自分の体を自分で抱いた。
そうすると、総士の上着が一騎を抱きしめてくれて、スカーフが首筋をくすぐってくれた。
総士のものが、体全部を包んでくれる。
これで満ち足りる。
これ以上をされたら、嬉しくて総士の前で死んでしまうだろうから、総士の部屋には絶対に止まらない。
10分以上いない。
こうしてしまえば総士と一緒。
ずっと一緒。
このまま帰って家に戻って、制服を着たまま床の上を転がれれば幸せ。
だってあのまま総士の部屋に居続けたら、総士に抱っこされちゃうかもしれないじゃないか。
総士にギュッとされたら、そしたらどうすればいいんだろう。
「そんなの・・・・・・ほんとに死んじゃうから駄目だ」
総士にあげていいのは制服まで。
総士から貰っていいのは制服と・・・・・・・
「全部欲しいけど、駄目だ」
自分を抱く力が増す。
痛くなる前に放そうとして、最後にもう一度、総士に抱かれている気持ちになった。
(本当は魂まで吸い取りたい)