ゴミバケツ
「んもぅ沙慈ったらぁ!」
「だからごめんって」
通りの向こうの痴話喧嘩を他でもない刹那が気にしているようだったので訳を聞いてみた。聞きたそうに
しているアレルヤよりも先に口を開く。
「どうした?刹那」
何か話すきっかけにでもなればと思うのに、いつものようにこちらの思惑は全て無視される。
「隣人の沙慈・クロスロード」
そっけなく。
「ああそう」
そうね、それなら気になるわなと肩をすくめる。
次のミッションに控え地上に降りてきたアレルヤが一瞬体を休める場所が刹那のマンションに決まり、
ついでアレルヤと組むことになった自分が今日合流した……ところで、何か食べようと誘い三人で外に出た。
こっちの計画が丸すべりしたのを察したのかアレルヤが苦笑している。あえて無視を決め込み強引に歩を進めた時だった。
『バンッ』
弾ける音。
どこかで聞いたことある音。
似た音。
似すぎて肩どころか首まで竦める。
「ちょっと沙慈きたなーい!ゴミバケツ蹴らないでよー!」
「ルイスが突き飛ばしたんだろ!」
平和な声。
日常の音。
「あれ」の音とは違うとわかっているアレルヤはそのままの姿勢。
刹那が獣のように四つん這いになって道路のアスファルトに身を伏せていた。
刹那が何をしているのかわかっていながら口にした。
「おいおい刹那ぁ、転ぶなよ何も無いところで」
明らかに不自然な姿勢に対し視線が集まったのをフォローするために咄嗟に頭をめぐらす。
我を忘れてぎょっとしていた刹那の表情が和らいで、何事も無かったように膝のゴミを払う(ような仕草をわざとして)
刹那が立ち上がる。こちらのフォローに合わせる。芝居なのに、芝居に見えないように振舞うのが、刹那はとても上手くなっていた。
人々の視線がそれるようにさっさと歩き出す。
「嫌になるな、似てて」
「確かにね。近い」
日本では聞きにくい音。
自分達には常識の音。
発砲音。
「バケツだバケツ」
一瞬体に走った緊張を誤魔化すために大袈裟に言った。
隣を歩く刹那にも、ついでに言い聞かせる。
「でも僕も鳥肌がたったよ」
「俺もだ」
歩きながらの主語の無い会話。
刹那が黙りこくったまま先を歩いている。
ホンモノだったら伏せなかった二人のほうが死んでいた。
生き残る可能性が一番高い姿勢をとったのが刹那だ。
「次は三人で伏せるか。刹那ばかりじゃ可哀想だ」
冗談のつもりで言う。
刹那が振り返る。
何か言いたげに。
片目を瞑って先に言う。
「そんときゃ俺がコンタクトでも落としたことにするさ」
「それは……」
特に表情も無く刹那が代わりの言葉を呟く。代わりの証に間が空いた。
「間抜けだ」
肩を竦める。
あんな音でビクつく三人は、そうでなくとも間抜けで滑稽だった。
END