介入3




 「全く、やってくれる」

 キュリオスからの中距離射撃はエクシアに全て避けられてしまった。初期装備に組み込んでいたミサイルでセブンソードのうちの二本は奪えたのだけれど。

「ダガーじゃあね!」

 機体を急旋回してビームを避ける。この隙にエクシアに接近するつもりだった。射撃中のエクシア程、見栄えのしないものはない。

 別にシミュレーション訓練の相手は誰でも良かった。ただ、エクシアと対戦したティエリアも、エクシアとペアを組んだロックオンも、浮かない顔で機体から降りてきた。

ヴェーダが一層詳しく機体のデータを採取しシミュレーションの難易度が上がったのか、パイロット自身が急成長したのか。

 後者を見たくて、エクシアと対峙する。

 射撃は、まあ、見れるようになった。最初の模擬戦の結果は酷かった。当てようという気配は感じるのだけれど、それにしては銃口の位置からして追いついてきていない。

 その時は、そのままエクシアと遊ぶつもりも、育てるつもりも毛頭無かったのでキュリオスの機動力をフルに生かして潰してしまったが。

(今はデータだ。結果が見れる)

 確かに、タクラマカンの戦いを生き延びただけ、今日まで残ってきただけ、あった。

(でもやっぱり、射撃はしないほうがいいね)

 避ける。微笑む。この訓練の後、刹那に教え直してやるべきだろうか。射撃を。それとも、それは別の誰かの仕事だろうか。

『ホラ来るぜ?』

 ハレルヤが笑う。

 急速に距離を詰めようと飛行するキュリオスに、エクシアが突貫する。この勢いのまま二機が衝突すればコックピットも共に無事ではすまない。しかし構わず、エクシアは構える。

 GNソードが恐い。恐い。強い。

「ここで来るのか?」

『ハハッ好きだぜガキんちょ』

 体ごと機体を捻る。操縦桿を折る程の力。でなければ間に合わない。普通は間に合わない。いつの間にか?いていた汗が散る。超兵の反応は普通ではない。仲間の中で一番であると自負している。

 エクシアは仲間の中で最弱であると了解している。

 それがいつの間にか、危うかった。

 加速のまま擦れ違う。剣とボディが閃光を上げ、光が煙へ。尾を引く。切れる前にエクシアへと向かう。再び。

「刹那、腕をあげた」

 距離を取った弾みに感想を漏らす。隣に。ハレルヤに。

『来るぜ?』

 肯定を期待。返った言葉にぎょっとして機体を傾ける。空いた場所に一閃。GNソードの走り。

『あと何本だぁ?』

「五本!」

 突如問われた意味を理解し、宇宙の果てまで飛ぶつもりで逃げる。すかさず突き殺すためのビームサーベルが二本、今いた場所に突きささる。

 逃げる。逃げた。刹那の手の届かないところまで。

 ビームが追いかけてくる。

 数発は明後日の方向へ。そのうち一発は、致命的な狙いで。

 それとも、射撃は自分で学ぶだろうか。このまま一人で、上手くなっていくのだろうか。

 攻撃ができなかった。エクシアの剣は全力で回避しなければならなかった。一瞬のスパークと衝撃。キュリオスの機体に傷。大きな。戦闘続行に支障なし。

『代わってやろうか?』

「いらないっ」

 旋回のGが苦しい程、エクシアが切迫している。

 どうにかして安全を感じられる場所に飛び込みたかったが許されない。

 唇の端が釣り上った。だんだんと愉快になってきた。

「こんなGで、辛いだろうに」

 口に出す。声を出す余裕はある。刹那はどうだろう。通信を入れて聞いてみたかった。

『データ』

 呆れた忠告が入る。

「だね」

 ガタガタ揺れる操縦桿を押さえつける。

 機体を急上昇させる。そのまま下降。人型のエクシアにはできない飛行。データの中で輝く星が大量の白い線に見える。目が錯覚する。

 息の根を止める。エクシアの。

 嬉しかった。手を叩いて喜びたかった。普段あまり行動を共にしなかっただけに刹那の成長に驚いた。良かった。嫌なことばかり続いていたのに、良いことがあった。こんなにちゃんとパイロットとして成長して、もしかしたら最後まで死なないかもしれない。あと何年も、生きるかもしれない。これを降りたら「おめでとう」を伝えたかった。 こんな日が来るとは思わなかった。最初の武力介入から、憂鬱しかないと決め込んでいた。

それが、今日。自分は戦いながら笑っていた。心から。

ビームサーベルを抜き放つ。このまま、エクシアを真っ二つに割る。

 その瞬間。

(ブラックアウト?)

 コンマ何秒感じた違和感。実際それぐらいは気絶したのか。それほどまでに無茶なマニューバーを取ったのか。

 慌てて確認する。エクシアは背後。キュリオスは無事。

 何もしないまま擦れ違った?

『馬鹿ヤロウ上だ!』

 立場の交代。エクシアが上。GNソードを振りかざして。

 回避。

 轟音。

 右腕が回転しながら千切れていく。ベルトと共に最後のケーブルが切れた瞬間、彼方へ吹き飛んでいく。

 撃たれたように悪寒が走る。

『ハレルヤ?』

 立場の交代。ハレルヤが上。シールドニードルでエクシアを掴んで。

「何だか知らねぇがスッゲェ嫌な感じがしたんだよお前からぁ!頭おかしくなったのかお前!」

 データだと、忠告を入れたのはハレルヤだった筈だ。

 そのハレルヤに忠告する。

『これはデータだよ』

 悲鳴に似た脅えが返る。

「ちったぁ考えんの止めろアレルヤ!やばいだろ?恐ぇだろ?殺られそうだろ?!!感じろ!!」

『データだよ』

 意図的に繰り返す。冷や汗を垂らしながら。そんなものはとっくに嗅ぎ取っている。言われるまでもない。冷静に考えて、これはデータだ。ヴェーダの作った、仮想現実だ。あのエクシアの中に刹那はいない。エクシアすら、本当はいない。ここにいるのは。

「誰だてめぇ!」

 喉に血の味が込み上げるほど声を出した時、シールドニードルが外れた。外された。エクシアが消えた。上へ。

 交代する。後ろに下がりながら。目の前に落ちてきたエクシアと、その切っ先を回避しながら。今は、何よりも冷静に考えなければならなかった。ここにいるのは、自分だけだ。

「強化された?まさか、こちらの」

 何を壊すつもりだろうか。機体。自信。絆。

「ココロ?」

『考えやがれ!』

 喚かれる。わかっている。気付いている。見ている。ロックオンとティエリアの浮かない顔。

『脳量子波ギンギンに張り詰めろ!脳味噌ふっ飛ばされるぞ!』

 警告。

 従う。

 片腕のキュリオスをかえす。

 直ぐ傍のエクシアのコックピットにシールドニードルのクロー先を直撃させる。姿勢を崩したエクシアの隙をついて蹴り飛ばす。ハレルヤが瞬時に確認していた。脳内で情報を共有した。

「乗っていた?」

 見たものが信じられない。刹那が、そこにいた?

「傑作だなアレルヤァ!」

 興奮しきったハレルヤ。抑えが効かない。

「パイロットがマジで乗ってやがる!こりゃあ……」

 最後まで言えない。エクシアが目前まで迫っている。肘打ちでエクシアのメインカメラを潰す。サブカメラを撃ち抜けるマシンガンは、最初にエクシアに持っていかれてしまった。

『ティエリアもロックオンも』

 代わりに応える。脳の中で。

「ああっあのガキぶち殺しやがった!」

 嗤う。ハレルヤが。

「遠慮しなくていいってことだ!ハハッ最高じゃねぇかヴェーダさんよぉ!」

 考える暇などなくなっていた。ハレルヤが戦っているのを見ていた。人間の出来る動きではない機体制御に、ハレルヤが対応していた。

 別のことを考えていた。

 あの一瞬、ブラックアウトの直前までは、たしかにエクシアは刹那だった。

(じゃあ、やっぱりおめでとうを言おう)

 ハレルヤがエクシアの相手をしている。閃光は人ごとだ。

 刹那が成長してくれてよかった。生き残る術を手にしてくれて良かった。刹那には、このまま生き残って欲しい。彼になら、何か出来るような気がするのだ。もちろん、自分もするつもりだけれど。

 自分は当然生きる。結末を見る為に。けれど一番残らなそうな、その勢いのまま、最初に消えてしまいそうだった仲間が、これからもずっと生きていきそうな予感がするのは、悪い気分では無かった。

 クローが再びエクシアを捕らえる。ハレルヤの反射の賜物だ。

 オレンジのクローの透き間。エクシアの胸から腹部に走った傷口の中で、何か生き物が動いているのが見えた。

 頷く。刹那には良くやったと伝えなければならなかった。

 だから。

 エクシアの中の青いパイロットスーツ。

 黒い操縦桿の先にある赤いスイッチ。これを一度だけ押す。軽く。スイッチを押しつぶす必要はない。

オレンジのクローの間から、圧縮されたGN粒子のニードルが高速で突き出される。刃が直接、エクシアのパイロットに向かう。

  逃げたそうな素振りをしたように見える。しかし叶わなかった。

蒸発。スーツも皮膚も中身も捲り上げて、溶かして。人体相手に火花すら立たない。その筈だったのに、GN粒子が機体の周囲に僅かながら酸素を留めていた。だから。だから煙がたつ。細い、細すぎる。見えるか見えないかの。ほんの一瞬。瞬きの間。熱で吹き消される程の弱い細い煙。

『コードネームも考えもんだなありゃあ』

 電源の落ちた灰色のコックピット。キュリオスの。その中のアレルヤの中でハレルヤが呟く。

『データじゃなけりゃ可哀相すぎて同情するぜ』

 ヘルメットを取る。ハレルヤの声が聞こえなくなる。どうやら、本当に同情しているようだ。

「刹那はもう訓練を終わらせたのかな」

 刹那は誰を訓練の相手に選んだのだろう。

 返事が返らない。ハレルヤは刹那を好いていそうだったから、最後の最後で入れ替わったのに、これでは意味がないではないか。

 ヴェーダから結果が送られてくる。まぁまぁの点数。

「まぁ、勝ったしね」

 ハレルヤからの返事は無い。

 ロックオンの評価がかなり悪かった。時間と反応が悪すぎた。わかるような気がした。

(そうだ、刹那を褒めないと)

 まだ彼は訓練中か、もうじき終える頃かだろう。

「刹那、何が好きだと思う?」

 一人ごちた。

『林檎』

 ハレルヤからの返事が返った。







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