ホットミルク!【刹那編】


  プトレマイオス内の食堂に新メニューが追加された。
ありそうで無かった、『ホットミルク』。
【刹那編】







 というわけで刹那・F・セイエイがその日『ホットミルク』の食券を買った。

たまたま同席したロックオンに「大きくなれよ」と冷やかされ、さらにたまたま同席していたアレルヤにクスクス笑われ、

あからさまに表情を曇らせながら刹那は席に着き、口元に熱いカップを運ぶ。

……その手を止め。

「どういう意味だ、それは」

「どういうって……そのままだよ」

 深い意味は無いよ……と降参のポーズをとるロックオン。

どちらかといえば悪意ではなく善意での冷やかしであったので、むきになられても困る……という具合。

さっさと自分の食事を手元に引き寄せ、戦術的撤退。

「お前が大きくなればいいなーっていう……ただそれだけだよ」

それ以降は黙って先割れスプーンの先にポテトを突き刺し口に運ぶ。

「大きくなれば……とは?」

 逃げたロックオンを刹那が追う。

追われたロックオンは視線を一瞬だけ刹那に合わせ、すぐに下げた。

それは十分、本人も説明しようが無い言葉であったことを説明していた。

「……そうか」

納得する。

続きの言葉が無いことも、それならばしょうがない。

 なんとなく、悪い気持ちはしなかった。

ただ多少、気恥ずかしいだけで。

それは多分、慈しみなのだ。

最近理解した、嬉しい言葉。

相手を憎みようが無い言葉だ。

憎悪の伴いようが無い、痛みの無い言葉だ。

 そんな言葉を言ってくれたロックオンの顔をじっと見つめる。

何か返さなければならない気が猛烈な勢いでするのだけれど、何を言えばどうすれば、それが上手い具合にロックオンが

喜ぶように返せるのかがわからない。

何か目の前の人間が喜ぶようなことは無いか、必死で考えた。

何も思いつかなかった。

何も知らなかった。

 大きくなれよ……ということは。

大きくなればいいのだろうか?

 困って、ロックオンの顔を見続けた。

「ロックオン、刹那が……」

 アレルヤが助け舟を出す。

 それで漸く気付いたというかのように、ロックオンが顔を上げた。

 明るい碧眼としっかり目が合う。

背筋が跳ねた。

同時に、手元の力が抜けた。

 転がるカップ。

中身を一口も飲んでいない。

「刹那!」

隣のテーブルに腰かけていたアレルヤの方が先に反応した。

その声に気付いた刹那がカップの中身を避けられる筈……というか、もとよりそんな時間の余裕は無くて。

「ッ……」

思い切りミルクで腹部を濡らす。

漸く立ち上がるも、それはミルクの滲みる範囲を悪戯に広げただけ。

そしてカップが床に落下。

小気味良い音をたてて砕け散る。

「今タオルを……」

アレルヤがタオル片手に立ち上がる。

そんな失態をしたこと事態初めてで、しばし呆然とする刹那。

そのうち熱さも和らいできて。

「いい……このまま帰る」

 人目についてはいけないような気だけは、なんとなくする。

そのまま立ち去ろうとすると、正面のロックオンが慌てた。

「おいおいおいおい刹那!!」

テーブルに備え付けてあった布巾を手に近寄ってくる。

何故だか耳を赤くして。

飛び出た言葉は。

「駄目だ色っぽい!」

「は?」

真意がわからず首をかしげる。

その間にアレルヤが膝をついて刹那の濡れた部分を拭こうとしたとき、ロックオンが止めにかかった。

「待てアレルヤ!お前じゃ駄目だ!!」

やはり真意がわからない。

何もしないでいるうちに目の前のアレルヤがロックオンに強引に避けられ、代わってロックオンが刹那の前にしゃがみ込む。

「駄目……とは?」

アレルヤを見ながらロックオンに問いかける。

「視覚的なものがだ!」

強引な返事が返る。

意味が解らずアレルヤを見た。

アレルヤは顔を赤らめ、明後日の方を向いていた。

「アレルヤ・ハプティズム……」

わからないとロックオンに悪い気がして、答えを求める。

「ロックオンでも大して代わらないと思うけど……」

困ったように、頬を掻きながらアレルヤは言った。

そんなアレルヤにむきになったロックオンからの返事。

「俺だったらお父さんぽいだろ!!」

「は?ロックオン?」

腹やら腿やらその間やらに懸命に布巾を押し当てるロックオンに聞きたい事が山ほどある。

顔には隠さず出しているのに、ロックオンは刹那を見向きもしない。

「……わからない」

アレルヤの方を見る。

今のほうが助け舟が必要だ。

「どっちでも大差ないよ」

何かわかっているらしいアレルヤは、それしか言ってくれなかった。







【刹那編】END