爪先のクリスタル


 いつの間にかキラキラしていた指先を指を鳴らすときと同じように擦って、元に戻す。

ファフナーから降りた後、大人たちに「何も問題なく」「大丈夫だ」と言われて、ベッドに横たわり

用意されていた点滴に体を繋ぐ。





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 総士の部屋で、総士を前に。

検査の時に言われた『何も問題なく』『大丈夫だ』を復唱すると、総士があからさまに嬉しそうな顔をして笑う。

 すぐに作業に戻る総士を、ソファーに腰掛け傍から見守る。

 白い綺麗な手。長い指。ほっそりして上品な手。きめ細かな・・・滑らかな肌。

自分の手と見比べる。

日焼けしてゴツゴツした手。特に際立たない形。総士の手と比べれば向こうが華奢な分大きく見える。

でも実は、大差ない。

「この手、好きだ」

作業中の総士の手を捕まえ、指同士を絡める。

ヒンヤリとしていて気持ちよかった。

「綺麗な手だって思う」

そのまま、頬にあてる。

いつも一騎の好きなようにさせてくれる総士が嬉しかった。

 多分、この手の中は、ほとんど全部が人間だった。

半分石のようになってきた自分とは違い、この手は全て、血であり肉であって細胞。

今の自分が最も欲しいと思っているものだ。

憧れてやまないものだ。

 痣一つ無い綺麗な手。

まるで平和の象徴のような。

「・・・・・・ありがとう」

 何も知らない総士が、小さな声で礼を言う。

「この手を守るんだな・・・・・・俺」

無視して自分の気持ちばかり一方的に告げる。

 戦いが終ると、たまにありえないくらい体がボロボロになる。

いくら一騎が体を引き摺ったとしても、島にいる総士は綺麗なままだ。

綺麗な総士に、ほっとする。

「この手で迎えに来てくれ」

頬にあてていた総士の手を握り締め、額にあてて懇願した。

 傷も無く、指輪の痣も無く、幸せな手。

何も知らない手と、何も知らない体。

一騎の友人も含め皆、この体を愛おしいと思っている。

羨望している。

いつかこうなりたいと、戻りたいと思っている。

 羨ましい体。

こうして額にあてていると、あてた場所から総士の綺麗な細胞がこちらの体に移ってきてくれるような気がする。

ヒンヤリとしていて、火照ってきた顔にとても気持ちがいい。

 総士を好きだと思う。

それ以上の気持ちで触れたいと思う。

元の体はこうだったのだ、こうあるべきなのだと抱きしめた時いつも思う。

こんな風に戻れるのかと、いつも不安に思う。

島を守るだけ守らされたあと見捨てられやしないかと、いつも脅える。

「何処も悪く無かったって・・・・・・・良かったな」

 目の前の総士がほっとした顔つきで笑っていた。

総士の顔面の骨が砕けるまで殴りつけたい気持ちを抑えて、笑う。

笑って、総士を抱きしめる。

「ああ・・・・・・」

返事をしながら奥歯を噛み締める。

歯が音を立てる前に総士の首に口付ける。

羨ましい肌。

「総士の方こそ大丈夫なのか?また・・・・・・休んでないんだろ?」

唇を這わせたまま呟く。

総士が逃げる。

距離を置いて笑う。

「別に?・・・・・・元気だ」

立ち上がる。

総士に視線を合わせる。

総士の体の上に崩れる。

総士を抑える。

「そういうことを言ってるんじゃないんだ」

顔を総士に押し付けたまま喋ったせいで聞き取れなかったらしい。聞き返してきた。

繰り返すつもりは無かった。

何故、せっかく元気な体を元気じゃなくさせるのか。

そんなことはしなくていい。

何もしなくていい。

何もしなくても、元気で綺麗な人間の体で迎えてくれるなら、守ってやる。

守ってやるから。

「総士にはいつも元気でいて欲しいんだ」

その姿で迎えてくれるなら。

その姿が見れるなら、それだけでファフナーに乗ってしまった自分達には救いになるから。

「総士が元気なだけでいいんだ」

一層強く、総士を抱きしめる。

「その為なら俺、何だってする」

幸せそうな総士。

何もわかっていない。

それでいいと思う。

総士が穏やかな気持ちでいられるなら。

何も苦しくないなら。







ずっと総士を抱きしめていた。

総士がそれを許してくれていた。

ずっと閉じていた目を開ける。

ふと、昔を思い出す。

白くて綺麗な総士の手の平。

黄色くて泥で汚れた一騎の手の平。

綺麗な総士の手の平から、もっと綺麗な・・・・・・。

もしかして、ずっと前から総士はもう駄目だったのか。











もしかして、これから追いつくだけか。







END