こぼれる宝石





 夢の中で総士を殴った。







 洗面台に突っ伏している総士の頭を髪ごと掴み、台の縁に叩きつけた。

硬いものが硬いものに当たる大きな音がした。

悲鳴すらあげないで四つん這いの姿勢のままヨタヨタ逃げていこうとする総士。

長すぎる髪を再び鷲掴みにして引き寄せる。

総士が転ぶ。

引き摺られまいと髪を引き戻す。

渾身の力とはよくいったもので、一騎と総士の筋の浮かんだ手の間で亜麻色の髪が耳障りな音をたてて千切れた。

一瞬自由になった総士が部屋の外へと身を翻す。

残った髪を掴み直して引き摺り倒した。

倒れた総士を踏んだ。

思っていた以上に総士の体に足が沈んだ。

抵抗はそれきりになって、あとは一騎のしたいようにさせていた。

好きなだけ蹴った。





 心配そうな史彦の声。

鏡に映る真っ青な顔に向かい自嘲する。

夢見が悪かったのだと素直に告げる。

顔を洗って着替える。

それぐらいじゃ誤魔化すこともできなくなって電話する。

総士が出る。

ほっとした。





 人間じゃないような力が出せた。

壁に押さえつけていた総士の手首が一騎の手の下で簡単に砕ける。

総士が悲鳴を上げる。

嫌がって頭を振る。

泣きながら一騎に助けてくれるよう懇願してくる。

 総士の胸に手の平を押し付ける。

総士が引き攣った笑みを浮かべながら止めてくれるよう色々言ってくる。

はやくやってくれるよう頼まれたような気がして、早速力を込めた。

肋骨が手の下でゆっくりと圧し折れていく感覚が伝わってくる。

嬉しそうな総士の嗚咽。

一際大きな音の後、のけぞったまま動かない。





 布団を蹴っていたとしても。

己の手首を体の下に敷いて寝ていたのだとしても。

 起きるや否や家をとび出した。

人の全くいない真夜中の島を駆け抜けてアルヴィスに駆け込む。

居住区まで一度も止まらなかった。

チャイムを鳴らす。総士が出てくるまで連打する。まるで痙攣。

扉が開く。

寝巻き用のくたびれたTシャツに制服の上着を羽織った総士が点けたばかりの灯りに目を細めながら出てくる。

捕まえる。

手首を見る。

折れていない、元通りの手首。

折れる感触がしたような気がして慌てて放した。

夢の中の総士は制服をしっかりと着ていた。

総士を見る。

不機嫌そうに目を擦っている。

 後ずさった。

一歩、二歩。

総士が不思議そうな顔をする。

総士が一歩、前に出てくる。

色々と何か言ってくる。言い訳を返す。

手を伸ばされる前に逃げ帰った。





 細かく震える総士を抱きしめる。

抱きしめて羽交い絞めにして、自分じゃピクリとも動けなくした後、総士の鼻下に口付けて次から次へと溢れ出てくる鼻血を

大切に吸い取った。総士を吸い取っているような気がした。

腕の中の総士の体温が伝わってきて、仄かに温かく心地よかった。

 きっと布団の・・・・・・。





 たまらず父の元に押しかけた。

部屋で一人熟睡していた父をゆさぶり起す。

喚く。

毎日毎日総士を殺しかけていること。

そんな夢ばかり見ていること。

いつか本当に、そんなことをしてしまうんじゃないかと、恐くて。

頭を撫でられる。

湯のみにお湯が出される。

多分、父が精一杯作ったもの。

飲みきって、改めて。

絶対に自分が総士にそんなことが出来ない場所に閉じ込めてくれるよう頼み込んだ。

承諾してもらえなかった。





 自分でアルヴィスの隔離室に閉じこもった。

一晩だけ、という条件で遠見真矢の手で鍵が掛けられた。

電気が通ってなかったのか、扉が閉まると真っ暗になった。

記憶どおりの場所にあるスイッチをいくら押しても、駄目なものは駄目。

すぐにあきらめて、手探りでベッドに入る。

この数日ろくに寝ていなかった。

夢すら見ずに、目覚めなかった。

目を開けても何も見えない場所にいることに安心した。

自分では絶対に出られない場所にいることに安堵した。

硬いベッド、薄い毛布に挟まれて体を抱えて眠る。

自分の体が温かかった。

 ずっとこの部屋にいたいと思った。

遠見真矢に、もう一日と頼み込んだ。

もう一時間。もう一日。出撃の時は必ず出るから。





 ある日突然灯りがついた。

咄嗟に跳ね起きて扉に駆け寄る。

もう一日と頼もうとしたとき扉が開いた。

 目の前に総士。

『しっかり』と制服を着込んでいる。

後ろに遠見。

再び総士の顔を見ることが出来ない。

遠見が視線をそらす。床を見つめる。

総士が酷く怒っている。

目を見れば分かった。

「どういうつもりだッ!!」

一喝された。

よろめいて後ろに下がる。

総士が『部屋』に『入って』くる。

血の気が引いた。

今、廊下と部屋の境を踏み越えた。

 叫ぶ。

思い切りぶつかる。

総士を突き飛ばす。大きな音がした。

硬いものが硬いものにぶつかる音。

悲鳴が上がる。あるいは制止の声。

甲高い声。

息が苦しかった。

突然の激しい動作に世界が明滅する。

頭を振って正す。

言い訳と理由を説明しようと顔を上げた。

床に足。だらしなく伸びている。

伝って、視線を上げていく。

 総士が顔をしかめている。

固く目を閉じて、歯を喰いしばっている。

両手で頭を押さえて、壁際に蹲っている。

名前を呼ぶことも忘れて駆け寄った。

「・・・・・・・打った」

呻き声が上がる。

慌てて打った場所を押さえている手を退け、覗き込んだ。

血は出ていない。

傷ついていない。

総士が痛みを堪えている。

ぴくりとも動かない。

「ごめん・・・・・・こんなつもりじゃ」

掠れ声が滑り出る。

総士が打ったらしい場所を繰り返し撫でた。

少しでも痛みが和らぐように。

「ごめん・・・ごめん・・・」

繰り返し誤る。

繰り返し撫でる。

俯いたままの総士。

表情が伺えなくて、不安になった。

 総士が何か言った。

耳を寄せて聞く。





「お前・・・・・・、もうヤだ」







 幼子のような涙声。

体中の力が抜けた。

総士の頭を撫でようと手を上げることすら億劫だった。

床にへたり座る。

どうすればいいかわからなかった。













床が冷たい。







END