上手く放せない
「暑い・・・」
「ん」
やることはしっかりやったので、もういいだろうと後始末を始めようとしたのに一騎に放して貰えなかった。
それどころか、行為中の時にもましてきつく抱きしめられる。
「・・・お前が熱いんだが・・・一騎」
再び身体が汗ばみ始め、その熱がやけに気にかかりはじめる。
「乾いてしまうと大変なんだ。今のうちにシャワーを・・・・」
またあの感覚がぶり返してしまうのが嫌で、必死に抜け出そうとする。
なのに、もがいてももがいても回された一騎の腕は放されることがなく、返事すら返ってこない。
「ちょ・・・・聞いているのかっ!一騎!!」
こちらの事情は一刻も争うというのに
「ああ・・・わかってる」
またそんな、人の思いをないがしろにするような返事をする。
「聞いていないな、一騎」
無性に腹が立って決め付けた。
ところがやっと返った返事は肯定で。
「っ・・・一騎っ!!」
背や腰に回された腕を引き剥がそうと、憤りそのまま両肘を一騎の胸に突き立てる。
が、コトの後では恐ろしいほど力が抜ける。
「なぁ総士・・・・寝よう?」
「は?」
「このまま寝よう?」
甘えられているのか、ただ単純に向こうも体力を使い果たしただけであるのか。
「い・や・だ。せめてシャワーを」
「嫌だ」
即答に言葉が詰まる。
胸まできていた叱咤はため息に変わって抜けてしまった。
「・・・総士ともっと起きていたいのに、凄く眠いんだ・・・。でも総士を今放したら、総士、どこかに行っちゃう
だろ?そんなの・・・駄目だ」
嫌だと言いながら背中を撫で擦ってくる一騎に、言葉どころか息まで詰まった。
「どこかじゃなく、バスルームだ。シャワーを浴びたらすぐここに戻ってくる」
「嘘だ」
「嘘じゃない。今日はこれ以外に用はない。どこかに行く必要も、無い」
断言した後に、一騎の出方をうかがった。
はやく腕の中から抜け出したいのを堪えて、返事を待つ。
「嘘だ」
なのに聞き分けの無いことを・・・・。
「いい加減にしろ一騎。大体ここをこんな風にしたのはお前で!!」
「別に構わない。・・・明日俺が洗えばいいだろ?だから、今日は・・・・」
回された一騎の腕に、より一層力が込められる。
「今日は、このままで・・・・・」
続けられた声は、幼子が泣き出す寸前のものと同じだった。
一騎の了解を得られないまま脱出するとして、手助けになりそうな小道具を探すも、目に映るのは、一騎の肌か、
無機質な壁かのどちらかのみ。
(どうする・・・・?)
壁を伝って天井まで視線をやった後、一騎に戻す。
急がなければ、半分夢見心地の一騎の前で一人だけ恥ずかしい目にあいそうだ。
「・・・・一騎」
意を決して猫なで声で名前を呼ぶと、一騎は黒い頭をすり寄せてくる。
邪魔以外の何ものでもない一騎の仕草に特別な感情を抱くことは無く
一騎の両胸に突き立てていた手を、そのまま一騎の脇に滑りこませた。
「うっわぁぁぁぁ!!」
咄嗟に身を起こした一騎のバネ・・・・いや、一見滑らかい見える腹に秘められた筋力の威力に、こっちがベッド
から突き落とされそうになる。
突き落とされたら逃げられたのに、むしろそれを狙っていたのに一騎の腐った根性のせいで抱きとめられた。
「・・・・・・えーと・・・総士?」
まだ自分が何をされたのか理解できていないらしい。
抱きとめたままの体勢で硬直してしまっているのが良い証拠。
「俺、今何されたの?」
ついにはそんなことまで聞いてきた。
「そこまでボケたのか?」
十分すぎるほどのウンザリ感が、思いのほか声を冷淡なものにする。
「いや、そうじゃなくて・・・・って、えええっ!!」
多少良い気持ちでいるところを邪魔したのだから怒られると思った矢先、大袈裟に驚かれてしまってこちらの頭まで
止まる。
「俺っお前に何かされたのか?!!」
「・・・し、・・・・・した・・・・」
あまりの勢いに度肝を抜かれ、瞬きの合間にかろうじて言った。
油断した間に両肩を掴まれ、脱出のきっかけをまた逃がす。
「な、何でそんなこと・・・・」
一騎の顔は、寝耳に水というよりむしろ、寝耳にミミズというほど驚愕に満ちていて・・・・。
「何でじゃない。くすぐっただけだ。お前があんまりにも放さないから」
「総士・・・俺から離れたかった?」
頭を下げてホトホトと涙ぐみ始める一騎。
正直、目茶苦茶面倒くさい。
泣くくせに手だけは絶対に放そうとしないのだから。
「っ・・・・わ、わかったなら放せ!!」
「嫌だ!」
「子供かお前はっ!!」
「ちがうっ」
「このっ」
本当は、蹴りでも入れたい。
頭突きでもして、ノックダウンさせられたら、どんなにか気持ちよいだろう。
ただ、今はそのための体力が無い・・・・・。
足を広げて一騎を蹴るなどもってのほかだ。
こうしてベッドの上に座っているだけでダイレクトに腰に響くというのに・・・・・・・。
「一騎っ」
こっちが泣きたい。
このままでも痛いのに、シャワーに行かねばあと何時間かで別の場所がもっと痛くなって・・・・・。
逃げたいっなのに身体が動かない!!
「くっそぉ・・・」
「えっ・・・ちょっ・・・総士?!!」
最後の力をふりしぼって体当たりするも、一騎はびくともしない。
やっぱり衝撃が腰まで抜けて、歯を喰いしばるどころか涙が落ちた。
「敵はこれだ!!」
一騎の前に倒れこんだ時、目に入ったのは肌色の鉄板。一騎の身体を支える・・・・
「この馬鹿バネ腹筋野郎っ!!」
殴りたいっ
でき得るならば、一騎がのたうちまわる程に殴りつけたいっ
こいつがあるからいつでも一騎に捕獲され。
こいつがあるから一騎はいつも跳んで走ってバクテン100回でも疲れないアホで。
何があったってバランス一つ崩さない天才で。
こいつがあるから自分が下になったと言って良いほどだ。
「そ、総士!無茶は・・・・」
無茶?無茶とは何のことだ?一騎の腹筋を殴りつけることが?
馬鹿な!そんな真似をしたら指の骨が全滅する!!
パッと見何も無いくせに、パッと見何も無いくせに、パッと見何も無いくせに!!!
殴りつける勢いで一騎の懐に入り込み、わき腹辺りをくすぐりあげた。
情けないことに、もう指先以外まともに動かせない。
ただ効果はてき面だった。
頭突きを食らわせる気かと思うほど勢いよく一騎の頭が振り下ろされる。
同時に起こった爆発したような笑い声。
くすぐりを防ごうと、すぐに一騎の腕が伸びてきた。
負けじと身体を一騎の上に乗り上げて、続行する。
すると簡単に一騎の身体が「く」の字に折れ曲がった。
「や、やめっっ総士!!」
息継ぎもまともにできなくなっている様子に心が晴れる。
何より爽快だったのは、一騎が笑いの合間に放った次の一言。
「た、頼むっ!!は、腹・・・・腹筋痛い!!」
(そうか・・・痛いか・・・)
なら、やめる理由はない。
廊下に漏れて、反響するほどの一騎の笑い声。
さんざんベッドの上をのた打ち回らせ、転がし、ベッドから落っこちても攻め立てた。
壁際まで転がった一騎が、ピクリともしなくなるまで・・・・・・。
ぐったりとなった一騎を放っておいて
壁を伝いつつ、床を這いつつバスルームに向かう。
勝ったと思った。
指がまともに動かなくなるほどくすぐったのだし、もう平気だと。
思った・・・のだ、そう心から。
「総士ぃ?」
始末を終え髪を洗っている最中、突然背後から抱きしめられるまでは・・・・・。
「っこのゾンビ野郎ォォっ!!」
「えええええっ」