総士を島に一つきりしかない神社に呼び出した。

炎天下の中に出る羽目になるのを知らなかったのか、総士は「来る」と嬉しい返事をしてくれた。

自分より総士のほうが早く着いているなんて許されなかったから、約束の二時間前に、神社の階段に腰を下ろした。





俺が総士の目を潰したのだ




 額に汗を浮かべた総士が現れた瞬間から移動しようと言ってくるから、すぐに済むと懇願した。

一瞬怯んだ総士が、それでもすぐに隣に座ってくれる。

何かあったと、早速察してくれた。

「何だ」

熱風に項垂れる。

熱気でゆらぐ景色を総士はいつまでも見ていた。

一騎が言いたいことを言おうとして言えないでグズグズしているのを、いつまでも許してくれていた。

「昨日……さ」

 総士の顔が見れない。

足元に敷かれた石を額から滴った冷や汗が濡らした。

暑さで粘ついた唾を飲み込む。

「思いついた」

「何を?」

 容赦がないな……と思う。

苦しさに笑う。

目を閉じて、ヘラヘラと。

 そのまましばらく目を閉じていた。

涙を、抑えた。

「その……言い辛くて」

「場所を変えるか?」

溢れてしまったな避けない涙を手の平で拭う。

今でなければならなかった。

「ここじゃないと駄目だ……」

 自分でも聞き取れないぐらいの呟きを、喰いしばった歯の間からなんとか出す。

はやく言わないと、総士が行ってしまう。

それが恐かった。

それは困ることだった。

焦って、固まり始めた舌を必死に動かした。

唇しか動かない。

その唇も、馬鹿みたいに震えていた。

 頭を、振った。

世界を揺らした。

総士が隣にいることだけは変わらなかった。

雨のように、額からの汗が石畳に落ちる。

へらへらしていることすら出来なくなって、落ちたばかりの汗を見た。

地面が霞んだ。

目が見えなくなった。

汗がどっと地面に落ちる。

「その……」

総士の方を見る。

何も見えないまま、はっきり口にした。

「その……お前の目を傷つけたの、俺が悪いんじゃないんじゃないかと思えて……」

頬が引き攣る。

引き攣る両頬を、両手の指で痕がつくぐらい必死に押さえる。

笑っているなんて、総士に思われたく無かった。

総士が見えない。

頬が引き攣る。

痛いぐらいに。泣きたいぐらいに。

収まらない、衝動。

 舌を上手に動かせない。

何を言っているのかわからなくなる。

伝え損なってはいけない大事なことだったので、もう一度言った。

「俺は悪くない」

 目の前の総士が恐かった。

(でも……言った)

頬を押さえた両手をずらして口を押さえる。

歪んだ口。皺を作って笑っている。

胃が絞られる。

苦しさに涙が落ちた。

ボロボロだった。

(言った……言った……言ったッ……)

 目の前に総士がいる。

目を閉じる。大粒の涙が落ちる。

(言ったッ言ったッ言ったッ言った……ッ)

 本当はもっと綺麗に泣きたかった。

 本当はもっと沢山総士に伝えたかった。

あの瞬間総士を傷つけたのは、自分の意思じゃない。

攻撃に攻撃で返せと、毎晩囁き続けられた結果だ。

俺が、総士の目を潰したのだ。

俺が?総士の目を潰したのだ。

『目を狙え』

その攻撃方法を知っていたのは、自分ではなかった。

そして。

『第二十一レベル』

「俺が……こんなふうな俺になることも、計画だった?」

何があっても、総士に従う自分。

総士の隣に立つ自分。

島を出るというイレギュラーさえ起こらなければ、多分いつでも総士のために死んだ。

 気がつけば。

視界から総士の姿が消えていた。

いなくなったのではなく、倒れていた。

倒れて、泣いていた。

座ることもできないぐらい酷い一撃を一騎は放ったのだろうか。

それは、一騎の発言の肯定でもあり……。

『何か言え』

頭の中に、声が響いた。

倒れた総士を立ち直らせるような何かを言えと、声は言っていた。

「細かいな……島の計画は」

声に気付けた自分は、声と距離を置く。

 昔、あの甲洋が、常に見張られているようだと言っていた。

あの時はあのまま終ってしまったけれど、もしかしたら。

アルヴィスに入ったことで、甲洋の甲洋らしさが立派に働いた結果だったのではないだろうか。

鋭い勘。

疑い。

自分自身に対しての。

己の頭が、己自身の監視者だった。

『何か言え』

頭の中で、声がもう一度した。

その声はきっと四年前、同じ声で総士の目を潰すことを提案した。

四年前は。

声に気付かず、何も疑問に思わず従った。

 死にそうなほど暑い。

伏せたままの総士を見つめた。

震え上がる体を叱咤して、総士の体を抱き起こす。

喉まで出かかった慰めの言葉を抑えこむ。

気付いた今、本心ではない言葉を口にするつもりは金輪際無かった。

「ここからだ」

暑さに揺らぐ世界を睨みつける。

苦しくてたまらなかった。

これまでも島を守ってきたけれど、これからは。

「俺が……俺として」

 先に到達していた総士はどんな思いで一騎達を見ていたのか、想像して、酷く申し訳ない気持ちになった。

総士を抱き寄せて、寄りかからせる。

たまらなく暑かったけれど、放さなかった。

放すつもりは無かった。

もう二度と、擦れ違わないためにも。

総士を勝手に進ませないために、抱き寄せて押さえ込んだ。

これで進む時はいつも一緒だ。

その場所から木の根元を見た。

今でも思い出せる。

そこに、あの枝が落ちていた。

多分、偶然。

それは、本当に偶然。

 総士に近寄られた自分は咄嗟にその武器を拾い上げた声に従って振り下ろした。

その場所を見ていた。

「ここからだ」

 もう一度言った。

一騎が見ている先を、総士も見ているのを感じる。

「行こう……総士」









隣で総士が笑った気がした。



END