『俺が総士の目を潰したのだ』
『俺が総士の目を潰したのだ』
『こんな風に……』
ずっとそんな風に思っていた。
そう思うことが大切なことだと、ずっと思っていた。
ある日、気がついた。
大切なのはそこなのではなく。
総士の目を潰したのが自分だからなのではなく。
総士が、あの一撃から生き延びてくれたことが大切なのだ。
「ありがとう総士……」
ピクリとも動かないで、全体重を預けてくれる総士を抱きしめる。
亜麻色の髪に顔を埋めるようにして、首筋に口づけた。
「ありがとう総士……」
繰り返す。
「ありがとう……」
たかが、目を一閃に裂いた傷だった。
死ぬはずなど無かったかもしれない傷だった。
けれどあの日は、あのまま総士が死んでしまうかもしれないと思ったし。
死んでしまうかもしれない総士をのことを唯一知っていたのは自分しかいなかったのにも関わらず、
誰にも言わないまま、何日も過ごしてしまっていたし。
あんな暑い日に、神社にお参りに行く人間なんていない。
普段の日だって誰もいない。
だから、あの暑い日に、総士は一人で歩いたのだ。きっと。
人に見つけてもらえるまで、炎天下の下を。
今は、嬉しい。
あの一撃は、確かに一騎にとって危機を感じ取った咄嗟の反応だった。
本気だったのだ。
あの瞬間、確かに自分は総士を殺そうとしていた。
そこから生き延びてくれたのだ。
恐らく、島で一番の強さを誇る自分の一撃から。
だからもう、何をしたって死なないに違いない。
笑う。
あまりの嬉しさに。
もう、何をしたって平気なのだ。
総士は死なない。
傷つかない。
何をやっても安心だった。
それを、さっき総士に告げたとき、そんな馬鹿なと笑われた。
それは、今日神社に行って。
あの日と同じような炎天下の下。
何時間も座り続けた結果思いついたことだった。
割れるような頭で思いついた。
吐き気で視界が揺れた。
こめかみに血が脈打った。
あまりの勢いに、皮膚が破裂するかと思うほど。
熱い石畳に額を擦りつけながら考えた。
そのうちに突然出てきた総士に抱き起こされて。
叱責も侮蔑も何も無いまま引き摺られるように地下に入った。
メディカルルームはイヤだと言った。
問答無用で連れて行かれた。
煮えくり返って総士を突き飛ばしたが、床に倒れたのは一騎だった。
冷たい床の上で手当てを受ける。
もしかしたら頭を打っていたのかもしれないと、真っ青な声を総士が出すのを遠退く意識の端でとどめた。
点滴の後、小一時間ほど寝ていて回復。
目を開けたとき、隣に総士がいて目を細めて笑った。
笑う総士に答えを聞いた。
『総士は、何をしても死なないのか』
徹夜も食事を抜くことも過労もあるかもしれないストレスも、全て除外した『何をしても』だったのに、総士は気付かず安心するまま
笑っていた。
「そんな馬鹿な……」
そう言って笑った。
少し寝ろ……と言われたとおりに目を瞑る。
瞑りながら考える。
あの攻撃すら、メモリージングの一旦ではなかったかと。
『目を狙え』
その攻撃方法に気付いたのは、本当に自分だったのだろうか?
それすら大人の……
なら、悪いのは自分ではない。
一騎ではない。
一騎は、総士を攻撃してはいない。
俺が、総士の目を潰したのだ。
俺が?総士の目を潰したのだ。
こんなふうに?
本当は。
一騎ではなく大人が、総士の目を潰したのだ。
大人が、『総士を攻撃したのだ』。
『こんな風に』
『こんな風に』
「こんな……風に」
閉じられた瞳。
まっすぐな傷。
さぞ、痛かったことだろう。
「可哀想に」
中指、人差し指、薬指。
三本の指先をそろえて、総士の瞼を撫でる時。
痕などではなく、いまだはっきりと残るザラリとした感触。
それを作ったのが、一騎ではないとしたら。
それはどんなにか幸せなことだろう。
あれは、自分ではなかったに違いない。
自分が、総士を攻撃することなどありえないのだ。
だって自分は総士の親友じゃないか。
親友どころか、唯一の家族じゃないか。
傷つけるわけが……。
薄目を開く。
総士は、病人?の脇で仕事に専念している。
具合の悪い人間にとって、そのノートパソコンの起動音がどんなにか耳障りで、キーを打つ音にどれだけイラついて、作業する人間が
どれほど気に障るか考えもしないで。
目が覚めてしまうのだ。
その音のせいで。
音のせいで。
だから、体中のバネをつかって、総士にとびついた。
総士は何も言わないまま一騎を乗せて床に落ちて、ゴッという鈍い音をたてたあと動かなくなった。
パソコンを消す。
総士を見下ろす。
寝顔に微笑む。
「ありがとう総士……」
ピクリとも動かない総士を抱きしめる。
「ありがとう総士……」
亜麻色の髪に顔を埋めるようにして、首筋に口づけた。
「ありがとう……」
すぐ近くで悲鳴が上がった。
けれど、わかっていない。
誰も総士が何故倒れたかなんてわからない。
一騎にだって解らないのだ。
いつだって総士は一騎の計り知れないぐらい頑張っていて。
計り知れないぐらい働いていて、計り知れないぐらい責任を負わされている器だ。
割らないように、皆が大切に大切にしている器だ。
そんな、総士が倒れた場合。
計り知れないぐらい疲れたに決まっているのだ。
一騎や皆に、想像もつかないぐらい、疲れたに決まっているのだ。
いつも不思議に思う。
どうして総士が倒れたのだろう。
総士から説明されることなど一度も無かった。
想像するしかなかった。
ああでも今回はちゃんと。
一騎が突き飛ばした。
END
『俺が総士を潰した』