気まずい夢。


 一騎に右目まで潰される夢。

自分の部屋でいつものように作業を続けていたら一騎が来たので、いつものようにロックを解除して迎え入れた。

いつもとは様子の違う一騎を心配して顔を覗き込んだら、即行で何かを目に突き立てられた。

それが何なのか理解できないまま一騎を突き飛ばして部屋から駆け出た。

壁にぶつかりながら転びながらエレベーターの元まで何とか辿りつき、上だか下だかわからないボタンを連打した。

目が重かった。

いつ一騎に追いつかれるかわからない恐怖で心臓が千切れそうになりながら、エレベーターに転がり込む。

すぐに起きて、上の方のボタンを片っ端から叩いていった。

間違っても、今いる階に戻ることなどないようにするためだ。

 エレベーターが動き出して。

ほっとして床に座り込む。

目が重かった。

どうなってしまったのか知りたくて、手で探った。

信じられないものに触る。

それはカンペキに、包丁の柄のようなものだった。

目が重いのは、突き立てられたものの重さが加わっているためだ。

もう右目は完全に駄目だと自覚して、悲鳴をあげる。

動き出したエレベーター。

体にかかる外からの力に吐きそうになる……。

 起きた時、目の前に一騎がいた。

どうしようもない展開に、一瞬夢と現実の境が無くなり、一瞬後、今が現実だとはっきりと思う。

まさか今見た夢がどんな内容か伝えられるわけもなく、気まずさに一騎の顔を眺める。

「大丈夫か?魘されてた……」

大丈夫ではないほど動揺している自分の心臓。

立ち直るために、まず最初に両方の手で顔を覆った。

当然目には、何も刺さっていない。

「恐い夢を見た……」

他に言いようが無く、一騎に伝えられるギリギリの情報を教える。

額の汗を手の甲で拭って、顔を上げた。

本心から心配そうにしているような、一騎の顔が目前にあった。

目を瞑る。

夢の中で、一騎がどんな顔をして刺してきたのか思い出そうとした。

けれどとっくに、思い出せない。

エレベーターの中で必死にボタンを押しているところと、その直前の何度も転ぶ場所、それから最も強く印象に残った、

自分の顔に何かが刺さっているとわかった時の衝撃。

それぐらいしか覚えていなかった。

「水を汲んできてくれないか……?」

 お願いをすると、一騎はすぐに動いてくれた。

総士から離れて。やがて奥の洗面所から聞こえる水の音。

「せっかくはやく眠れたのにな……」

奥にまで聞こえるように、少し大きめの独り言。

「これを飲んだら、すぐに寝ればいい」

奥……といってもすぐそこで、旅館に置かれたアメニティ程度の大きさのコップに、ぎりぎりまで水を入れた一騎が慎重に

帰ってくる。

コップを渡された弾みにバランスが崩れて中身が零れる。ベッドが濡れた。

「構わない」

 一騎が謝るより先に言い、水を口に含む。

酷い夢を見た直後だというのに、あまりの眠さに空になったコップを手にしたまま、ベッドの上に倒れこんだ。

「このまま眠って……続きが始まったら……」

一騎と話そうとして、それすら面倒だと思うほど眠いことに気付く。

会話を途中で無理矢理切った。

そのまままっしぐらに眠りに着こうとすると、一騎が額に手を押し当ててきたり、手を握ったり……してくる。

「熱は……ないな」

独り言でしかない一騎の言葉に、頭の中で笑みを浮かべた。

「フラッシュバックでもないし……部屋も暑くないし……」

『総士』の体調がいつもと変わらないことを確認した後は、周辺の異常の確認。総士がさっさと眠ったと判断したのか、小声で

一つ一つ丁寧に口にしながら確認していく。

全て、『総士』が過ごしやすいようにするために。

悪夢など、繰り返し見ないようにするために。

 礼を言うのも億劫だった。

ただ、一騎が心を込めて心配し、世話をしてくれているのを感じた。

くしゃくしゃにベッドの端で丸まっていた毛布は面倒だったのでそのままにしておいたのだが、総士の体が冷えないようにと、

一騎が広げて掛けなおしてくれた。

なんでこんなに優しくしてくれるのか全くわからないままそれでも嬉しく、幸せの中で眠りについた。





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 「フラッシュバックでもないし……部屋も暑くないし……」

総士の体をいじりながら、空調機器を眺めながら、ひとつずつ確認していく。

これをカンペキにしたら、明日の総士は元気なのだと思いたかった。

風邪はひかないし、寝不足にはならないし、お腹だってちゃんと空いてくれるに違いない。

「俺はお前が元気だったら……それでいいんだ」

さっきかいたばかりの汗で額に張り付いている総士の髪。

新しい白いタオルを奥から持ってきて、汗を拭いてやる。

そのはずみに乱れた髪を整える。

もっとも、朝になったら信じられないほど妙な癖がついているのだろうけれど、総士の髪は櫛さえ通せばすぐに元に戻った。

ほんの数分前まで魘されていた総士は、嘘みたいに穏やかな寝顔だ。

一騎がこうして傍にいることで、総士が戻ってくれることが嬉しい。

前よりずっと、顔色が良くなった。

前よりずっと、イラつくことがなくなった。

前よりずっと、優しくしてくれるようになった。

それらは全て、一騎にとって嬉しいことだった。

総士の変わり様が、とてもとても嬉しい。

いつまでも総士の寝顔を見つめる。

長い睫毛や、薄く開いた口。

総士の傍にいることも総士の世話をすることも、全部幸せなこと。

 笑う。

口を押さえて微笑む。

総士の傍に、いつまでも立っていた。

それはそれで不気味な人間。













でもそんなことも気にしないぐらい、総士がかわってくれた。







END