急降下
一個目のジェットコースターに乗った時に気付くべきだった。
初めての遊園地だったから、最初は全員恐る恐るだったのに、一騎をはじめ乗ってみて初めて気付いた。
『戦闘のときのほうがよっぽど怖い』
たしかにココでも落下したり急カーブしたり、グルリと回ったりはするが、でもいくら振り回されよ
うがちゃんと安全バーでがっしり支えられていた。
こうなると、いつも落下したり急カーブしたり、グルリと回ったりした挙句に地面に叩き付けられたり
腕が吹っ飛ばされたり体に穴が空いたりという疑似体験の実体験をしている身としては、全部真似事に
なってしまって・・・・・・。
かといって、つまらないわけではない。
むしろ、危険性は何もなく、敵もなく痛みもなく遊びきっていいということで、メチャクチャ楽しくなってしまった。
で、次に行こうと駆け出す仲間に一騎も素直についていき。
次のコースターに乗って降りた直後の下り階段、そこで初めて視界の隅に、どこか危なっかしい足取り
で階段を下りていく総士を見た。
正直な感想はといえば。
(あれ?)
当然。
(なんで?)
誤解であったり勘違いであったら悪いのでその後もう一度乗った後、お昼休憩の席取りがてら、二人
っきりになれたチャンスに訊いてみた。
こっそり総士に顔を寄せてポツリ。
「苦手?」
そのときの総士の顔といったらなかった。そのまま席から転がり落ちそうな勢いで慌ててフォローに
入ったのだが流石にそんな必要はまるで泣く、心配御無用と睨まれて。
「誰から聞いた?」
咄嗟の切り替えしが疑いの言葉で舌を巻く。
切り返しの早さと、咄嗟に攻撃対象を探す辺りにも。
「誰からっていうか・・・・・・俺が総士を見て思ったんだけど・・・・・・」
「当たりだ」
いつも以上に素直な総士。
そんな、自慢げに、胸を張って、腕と足を同時に組んで、言わなくてもいいのに。
「当たりって・・・大丈夫か?次、ここの遊園地で一番でっかくて有名な奴だって咲良が言ってたぞ?
待ってた方がいいんじゃないか?」
つまらない強がりなんて見てたってしょがない。仲間の様子を伺ってレジ列を見れば、まだ遠見が
会計を済ませていない。
どうせ全員が終るのを待って団子になって戻ってくるだろうから、まだ時間はあるとみた。
そう見込んで、話を進める。
遊びにきておいて嫌な思いばかりするなど愚の骨頂。
不器用な奴には器用な奴がフォローを入れてやらなければ。
それが義務。
「どうしても見たいショーがあるから抜けるとか言えば、きっと皆も・・・」
「臆病者とバレるだろうな。乗れるさ、僕に構う必要は無い」
強がりでも強そうに見えるから不思議だ。
意味不明な自信に満ちているように見える総士の前で、がっくり肩を落とす。
「大体、抜けると言い出した時点で、どんな立派な嘘をつこうが理由があろうがバレる」
偉そうな総士に、盛大なため息が出る。
「乗るんだな?どうなっても知らないぞ?」
一応、念押し。
やっぱりヤダ・・・と言わせる為に。
「乗るさ」
一言の決意表明をし終えた総士がレジの方に手を振る。
今度は一騎と総士が買いに行く番。
バイキング式で、カウンターにある数種類のスープに迷いながら、ふと思いついたことを総士に聞いた。
「苦手なのは間違いないんだろう?」
唇の動きを読むようなサヴァン症候群は聞いてないから大丈夫だと、思う。
仲間からの冷やかしの視線に気付きながら、今更思った。
「ああ、待っている間は大声で喚きたい気分だ」
「え・・・じゃあ・・・」
だから並んでいる間、あんなにむっつり腕を組んで前ばかり見てたのか・・・という確認を通り越し
て二つ目の疑問。
「お前、戦闘のときはどうしてるんだ?」
戦闘のときはこんなジェットコースターなんて目じゃない。
しかも、パイロットの数だけ落ちたり飛んだり回転したり埋まったり。
答えは総士らしい、簡潔な、意味不明なものだった。
「勘だ」
「勘?」
皆城家特有の不思議語は説明が必要だった。
「たとえば一騎が落ちるとき、お前はただ落ちるわけじゃない。直前には必ず『しまった』や『落ちる』
といった、前置きのような勘ともいえる思考が流れる。僕はそれを拾って反応し、僕自身の心の準備や
お前への指示を咄嗟に行っている」
「・・・コースターじゃ・・・それがない?」
「クロッシングしているわけではないからな。突然落ちられていい迷惑だ」
「そういうもんだと思うけど」
メインの魚料理の皿しか取らなかった総士の盆に、サラダとライスとジュースを載せてやりながら、冷静に突っ込んだ。
「わかっている。こればかりは仕方ない」
一度お盆に載せた料理はマナー上戻せないのが悔しいのか、過ぎたコーナーを睨みつけて、総士が言う。
「基本的に苦手だ。戦闘中は同時に何人分かの衝撃を味わうこともあるが、僕自身が実際に落ちたりす
ることは全く想定していない」
仲間全員が周囲にいるにも関わらずクロッシングが出来ないことと、自らが直接落下を経験するとい
う誤差に、脳と体がついていけずに混乱するのだと総士は言う。
その不快感といったらないと。
いつも直接落ちてる側からアドバイス。
「落ちる前にフワってくるだろ?それでわからないか?」
「その前からわかりたい」
「それは・・・乗りなれるしか・・・」
「嫌だ。・・・デザートを盆に載せるな、食べきれない」
総士のお盆に載せる気満々だったプリン、拒まれて一騎のお盆に二つ載せる羽目になる。
「でも何か・・・・・・嬉しいな」
「何がだ」
三つ目のプリンに手を伸ばそうとする総士を止める。
「戦ってる間は何も総士にしてやれないし、助けてやれないと思ってたんだ。だから、少し安心した」
「充分すぎるほど、一騎にはしてもらってるさ」
「もっとしたいんだ。総士が、困るくらい」
総士の分の水も、コップに汲んで渡す。
「・・・・・・そうか」
レジに並ぶ。二人して席に戻る。一瞬戻る場所を見失ったら、先に席についてた仲間全員が大きく手
を振って教えてくれた。
***** ***** ***** *****
約束をしたわけではないけれど、総士の隣に席をとった。
そうしろと言われたわけでも代わってくれと言われたわけでもないのに、よりによって一番怖い名物
コースターで一番後ろに腰掛けさせられた総士の隣。
発進直前、バーを握り締めて全身を強張らせている総士を眺めた。
そう頑張って落下に抵抗したらその分恐いだろうに。
音をたててコースターが動き出す。
夢の国のお姉さんが『いってらっしゃい』と妙なテンションで手を振る。
山のようなレールを昇り始める。
首を横に捻って総士を観察した。
バーにしがみ付きながら、縮こまって膝を睨んでいた。
余所見をしたほうが恐いだろうに。
景色が広がる。首を戻して圧力に誘導されるままに空を見た。乗り物の傾き具合から、勘で落ちる
タイミングを見計らう。
ここだっと思う一歩手前でバーを握る総士の手を上から握った。
「落ちるぞ!!」
ヒッと息を呑む音。
乗ってる最中に自動的に撮られる写真。
手を繋いでるのと総士独りだけ席の中に埋もれているのと一騎がやけに幸せそうな顔で乗っているの。
全部バレて酷い目にあった。
END